「友也くん! じつに風情のある夜桜ですねえ!!」
「ウワーーーーー!!」
 真夜中に寮をこっそりと抜け出して、待ち合わせた桜の木の下。
 私は枝ぶりのあいまから飛び降りて、すこし小走りでやってきて息を整えながらきょろきょろと周りを見回す友也くんにとびつきました。
 期待に違わず、友也くんは相変わらずいい悲鳴をあげてくれます。
「あんたなあ……!」
 いまがとっくに日付も変わった夜遅くであることを思い出したのか、友也くんはひそひそと声をひそめて振り返りました。とはいっても、もう手遅れな気もしますが。
「ごめん、お待たせしました」
 同室の先輩たちがお祝いしてくれて……。
 楽しい時間を過ごせたのか、照れくさそうにほおをかく友也くんの肩にはクラッカーの中身の一片がついています。
「いえいえ。今日の主役をとつぜん呼び出したのは私ですから……☆」
 さわっと風が吹いて、花びらたちがはらはらと落ちてきます。ちょうど満開にさしかかった桜のちいさな花びらが、友也くんによろこんでなつく鳩たちのように、淡い色のやわらかな髪にくっつきました。
「おっと」
 手をのばして、ふわふわのあたまからそっと花びらをつまんで取ってあげます。あつめた花びらは、きれいなのでそっとポケットに忍ばせました。事務所で行われる友也くんの誕生日パーティーでふりまいてみせたら、みなさんよろこんでくれるかもしれません。
 夜の暗がりのなかで、うす桃色の花は静かにやわらかに光を放っているようです。
 ポップコーンみたいなふわふわした桜を見上げていると、つられて友也くんも顔を上げて、しばらくだまりこんだまま、ふたりで並んで花をながめました。
「それで?」
 どこかそわそわと期待をした面持ちで、まんまるの目がちらっと見上げてきます。
 フフフ。
「ハッピーバースデー! 友也くん!」
「わっ?」
 満を持して隠しておいたプレゼントを取り出し、私は紙吹雪に、飴玉に、花に、そわそわとお利口で待てをしていた友也くんのことが大好きな鳩たちに、あらゆるものをふりまきながら差し出しました。
 なにも、日付が変わってすぐに渡す必要もないものです。遅くなるとすぐおねむになってしまう友也くんをわざわざ真夜中に呼び出さなくたって、誕生日パーティーで渡してもよかったのです。けれど、私はどうしてもこの場所で友也くんをお祝いしたかったのでした。
「朝ね、部屋の窓から見えたここの桜がとってもきれいで、友也くんみたいだって思ったんですよ」
 だから、友也くんにも早く見せてあげたかったのです。
 自分の感情を言葉にするのは、いまも不得手です。
 それでも、きれいなものをきれいだと笑いあえるのは、うれしい。
 楽しいことを楽しいねと分け合えるのは、幸せだと思います。
 なにかに感動したとき、おどろいたとき、だれかのことを思い浮かべられるのは素敵なことでしょう。
 ひとりでレンタルビデオの流れるテレビを眺めていた私に、友也くんといっしょに過ごす時間がそれを教えてくれました。
「あんたってほんと……」
 はっと息をついて、そうっと包みを受け取ってくれた友也くんがふんわり笑います。
「日々樹先輩、ありがと」
 細い肩や、あたまや、腕に留まった鳩たちをこしょこしょと撫でながら、友也くんは包みを振りました。
「せっかくだから、これ開けてもいいですか?」
「もちろん!」
 水色のリボンをほどいて、テープに苦戦してかりかりとやりながら包装紙をていねいに剥がし、そうして出てきた中身に大きな目がまんまるになります。
「ヘアピンだ」
「ドラマティカの稽古のとき、前髪を邪魔そうにしていたでしょう」
 先月の私の誕生日、友也くんはヘアバンドを贈ってくれました。「洗顔のときのやつ、緩そうだったから。使ってくださいね」と言って。
 友也くん。私はそれがとても、とってもうれしかったんですよ。
 なんでもない日常の中で、私を見ていてくれたことも。覚えていてくれたことも。だれかからもらったプレゼントなんて、あんまりうれしくて大事に大事にしまいこんでそのままにしてしまいがちな私に、ちゃんと「使ってくださいね」と言ってくれたことも。
「お誕生日おめでとうございます」
「ありがとうございます」
 取り出したそれを、友也くんが前髪にぱっちんと留めます。
 細い髪にちょいとくっついたそれはファンシーショップで見つけた簡単なものでしたが、まあるいうさぎさんのワッペンがとても友也くんによく似合っていて、私はうれしくなります。
「友也くん」
 ふわふわであたたかくて、まるでやさしく光を放っているみたいな友也くん。
「生まれてきてくれて、ありがとうございます」
「どういたしまして」
 へへへ、とヘアピンをあたまにつけたまま笑った友也くんちょっぴりまぬけで、ほんとうにこれといって特徴もない、ごくごくふつうの十七歳の男の子なのでした。

▼ (2021.3.29)