「友也くんて……いわゆる、一回エッチしただけで彼氏面してくるってやつですよねぇ」
「……なに?」
セックスの余韻のあと、まだ汗と体液にまみれて胸を大きく上下させたまま、来い来いと抱き寄せて胸に抱いていたうつくしい長髪のちいさなあたまを、友也はシーツの上に放り出した。
渉は友也の貧弱な腕枕がなくなってむっと不満そうな顔をしたが、そんなことを言われてまで貸してやる腕はない。
友也の認識が正しければ――「俺とつきあってください」「はい」というあのときのやりとりを、「彼氏と彼氏になる約束」だとするのが間違っていなければ、彼氏面もなにも、友也は渉の彼氏のはずだ。
つきあってからひと月。きょう、はじめて渉に抱かれた。
「友也くんの好きなほうでいいですよ」という渉に、渉が、まだそんなふうにしか求めてくれないのかとくやしくて、ほんの少しかなしくて、いとおしくて、気がつけばいつもみたいにニコニコ笑った顔にキスをして「抱いてください」と啖呵を切っていた。
この男に、「ふつうの男のしあわせ」を知らしめてやりたかった。(友也もまだ知らないけれど!)
この男に、髪の毛の先っぽからつまさきの爪いちまいまで意識をぜんぶこっちに向けて、友也のものになってほしかった。
だから抱かれたかった。
おたがいにはじめてで、おろおろしたりどぎまぎしたり、ほんのすこし痛かったり苦しかったり、不安だったり、だけど全体的には信じられないほど気持ちがよくてたまらなくて、渉のことが好きで、好きで、好きであたまがへんになるんじゃないかって思うくらいのセックスが終わったあと。
荒い息が収まらないうちからせいいっぱい両手を伸ばして、たくましい腕で友也を押し倒したままの渉に抱きついた。
そのまま汗ばんではりついた額の髪をかきわけて、何度も、何度も額に、鼻のあたまに、ほおに、こめかみに、くちびるにキスをすると、渉はきもちよさそうにうっとりとまぶたを降ろしてほほえんでいた。
なのに、まさか、もう別れの危機か?
――んん、いや、ちがうなあ。
このひとは、はじめてのシチュエーションに照れて、どうふるまえばいいかわからなくなって、自分の知ってる単語を並べ立てただけだ。
あるいはこのひとなりにほめたつもりなのかもしれない。
だって、「一回エッチしただけで彼氏面してくる」って、それこそ友也が渉の思い描く理想の彼氏みたいなふるまいをできたってことだろう。
「あんたさあ……いや、あんたの言いたいことはわかったけど」
そういえば。渉は親しい人相手には、たまにものすごく失礼なふるまいをしたりするんだって朔間先輩かだれかが言っていたっけ。
友也の腕をとりあげられて、いまだに不満そうに――それで、ほんのちょっぴり不安そうにしている、自分よりもふたまわりも大きいこのおとこのひとを、いとおしいと思う。
「あんたは、彼氏面、へたくそ! もっともっと俺の彼氏だって調子乗ってよ、日々樹先輩」
普段のふるまいがうそみたいに、叱られた大きな犬みたいになってしまった渉を、友也はもう一度抱きしめた。
あんたが望むなら、何回でも彼氏面、してあげるよ。
▼ (2022.3.3)