「じゃあ、遠慮なくおかわり!」
「よしきた! 次の分が煮えるまで、ちょっと待っててね」
いつものように軽薄を気取って高く掲げた椀に、はつらつと応えたテスリーン。何度となく自分をネタにアリゼーをからかっていたテスリーンとも、すっかり打ち解けられたようだ。よかった、と胸を撫でおろす。
長く旅を続けてきて、結局、いのちを救いあげるのは人との縁だと知った。それが、アリゼーが長い日々をともに過ごしていた人々なら、なおさらだ。
まだかな、とぱちぱちと音を立てる焚火をじいっと首を伸ばして見つめていると、アリゼーがちいさく笑った。首をかしげてうながす。
「ううん。あなたって……ほんとうに変わってない。信じられないほどよく食べるところも」
たしかに、人よりはちょっとは食べる量が多いかもしれないが。そんなに言われるほどだろうか? むしろ、冒険者なのだから食べられるときにはたくさん食べておかないと。
アリゼーもたくさん食べないと大きくなれないぞ、と言いかけて――まだ十代なのだから気にしなくてもいいと思うのだけれど、アリゼーはエレゼンの平均とくらべて発育が遅いことを気にしている――、やっぱりやめた。罪喰いに剣を向ける険しくおとなびた表情とちがって、あんまりアリゼーが年相応の少女の顔で、楽しそうに笑っていたから。
にっこりと笑い返そうとして――ぽろっと涙が出た。
「ちょ、ちょっと! どうしたの!?」
そのまま制御を失ってぼろぼろと流れ出す涙に、アリゼーが仰天して席を立つ。
「どこか痛い? 怪我はないわよね? あなたが泣くなんてよっぽど……」
ううん。
首を振って、あわてて全身をあらためようとするアリゼーを押しとどめる。
「アリゼーが……ひとりじゃなくて、よかった」
涙にぬれていつもよりずっとか細く、情けない声を、それでもアリゼーはしっかりと聞き届けてくれたようだ。はっと息を呑んで、それから、止まらないままの涙をやさしい手でぬぐってくれた。
兄が、仲間たちが目の前で倒れ、孤独に怯えていたアリゼー。
あのとき、あなただけは、とじっと自分を見つめるこの少女の、気丈にふるまう、しかし縋るような目を、けして裏切りたくないと思った。
ひとりにはしたくないと、思った。
星見の間で、アリゼーがこちらに来てから一年が経つと聞いたとき、ぞっとした。
自分にとってはいっときの別れだった。
けれど、アリゼーにとっては。あんなふうに突然襲った別れから、一年ものあいだ、どんなに気を揉んでいただろう。
とても律義で、やさしい子だから。ひとりにしないでね、と約束をした自分を置いていったことを、どんなふうに悔やんだだろう。
だから――彼女がこうして笑える場所にいてくれて、よかった。
「……ずっと、待ってたのよ。あなたのことを」
ようやく涙の止まった目元を撫でて、アリゼーの細く、小さく、しかしまちがいなく強くなった手がぎゅっと両手を握る。
あのとき届かなかった手は、たしかにここで、あたたかかった。
▼ あまりにもアリゼーが好きです(2021.2.8)