「うわぁっ! ……っと」
 真っ暗な寮の一室に、どしいんとさわがしい音がひびきわたった。
 忍び込んだ友也が、足元にちらばっていた色とりどりの紙くずに盛大にすべって転んだ音だ。
 思わずびっくりして叫んだあと、大丈夫だとはわかっていても、つい口を両手で覆ってしまった。大丈夫だ。サンタの魔法がきいているから、この部屋のひとはもちろん、外のひとたちだってうんともすんとも言わないくらいぐっすり眠っている。
 時計の針は午前一時を指している。星奏館でのクリスマスパーティーでさんざんはしゃいで疲れたあと、友也がわざわざこんな真夜中に――それも他人の寮室に忍び込んでいるのは、目指すいちばん奥のベッドの主のためだ。
 いてて、とため息を吐いて、友也は足元に――というよりそこらじゅうにちらばっている紙をつまみ上げてあらためた。
 共同スペースでのパーティーがおひらきになったあとも、寮室で二次会でも行われていたのかもしれない。にぎやかなこの部屋の住民たちを表すように、部屋はずいぶん散らかっている。友也がすべって転んだそれは、いったいなにをしでかしたのか周囲に散らばっている紙吹雪のようなちいさなものとちがって、とげとげのついた大きな張り子のようなものだった。
「なんだこれ? ほんとにめちゃくちゃだな、この部屋」
「ピニャータですよ!!」
「うわあぁ!?」
 今度こそ腹の底から大きな声が出た。演劇部でもドラマティカでもさんざんしごかれた腹式呼吸の賜物だ。
「中南米の国でお祭りごとのときにする遊びです! お菓子の入ったくす玉を目隠しして割るんですよ……☆」
「なっなんだよそれ! あんたらそんなことして遊んでたの? ていうかなんで日々樹先輩……!」
 とつぜん現れた渉は、サンタの魔法どころかクリスマスパーティーの幹事を務めた疲れすらきいていないようだ。パジャマにふんわりと肌触りのよさそうな上等なカーディガンを羽織って、ゆるく編んだ髪を揺らして、わたわたと混乱する友也におかしそうに笑っている。
 魔法がきいてるはずなのに、とふしぎがる友也に、渉もふとふしぎそうに首をかしげた。
「そういえば、友也くん、あなたどこから入ってきたんですか? この私が、あなたがそこで滑稽に転ぶまで気配に気づきもしませんでした」
 それに、どうしてだかこんなにさわいでも皆さん起きないみたいですし。
「なにかしたんですか? ……と、言っても友也くんに聞いたって仕方ありませんよねぇ。てっきり本物のサンタさんでも来てくれたのかとわくわくしましたよ」
「えっと、いや、その……」
 言葉に詰まった友也の恰好を渉がじっと見て、なにかに気づいたようにまばたきをする。
 真っ白なふわふわのファーに、真っ赤な上着。ヒイラギのついたリボンタイ。それに、クリスマスベル。
「友也くん? あなた……」
「……そう、じつは俺、サンタなん」
「サンタさんのコスプレで私を驚かすために遊びに来てくれたんですねっ♪」
 がくっと膝の力が抜けかけた。この人はいつも、突拍子もないことを言って破天荒なことばかりして、そのくせときおりどうしようもないくらいにぶくなる。
「ちがう! あんたのためにコスプレなんかするかっ! 北斗先輩のためならよろこんでするけど……♪ じゃなくて! 俺、本物のサンタなんです!」
 それで、俺がとつぜんこの部屋に現れたのも、みんなが眠ったまま起きないのも、ぜんぶサンタの魔法なの!
 やけになった友也が叫んだ言葉に、渉はめずらしく――ほんとうにめずらしく、目をまんまるにしてびっくりした顔をした。
「……アメージング!」
「うわっ! いきなりでかい声を出すな! 俺も人のこと言えないけど!」
「どこにでもいるふつうの子なのに、どうしてかふしぎな子ですねとは思っていましたが、まさかごくごくふつうの友也くんが本物のサンタさんだったなんて! ああっ! すばらしいですね♪ その魔法はどうなっているんですか? もう一度やってみせてください! おひげは生やさなくても規則で許されるんですか? それでトナカイさんたちはどこに?」
「あーもううるさい! そういうのいいから!」
 いよいよ目をきらきらさせて友也の両肩をがしっと掴んだ長身を押しのけて、てのひらに載るちいさな小箱をむりやり強引に押しつけた。
「ほら、あんたに、プレゼント」
 勢いで受け取った渉はきょとんとまたたいて、渡されたプレゼントのシンプルな包みをしげしげと眺めている。
「でも、きょうはまだクリスマスイヴじゃありませんよね? それに私に? みなさんにではなくって? サンタさんが来てくれるのは高校生までじゃないんですか?」
 この男は質問攻めで友也を朝までここに閉じ込めるつもりなんだろうか?
 しかし、渉の言うそのとおりだ。サンタがプレゼントを届けにいくのは、その年度に十八歳になる子どもまで。渉は去年度十八になったから、今年度からはもうサンタは来ないことになっている。
 友也はうう、とうなって、少し黙り込んだ。このひとはずいぶん前から、ただでさえアイドルとして多忙なくせにきょうのための準備にあっちへこっちへと奔走していてちっとも捕まらないくらいで、そしてそのパーティーは大成功で、みんなで楽しんだその余韻と疲れで、きっと誤魔化されてくれるだろうと思ったのに。
 ううん。と心の中で首を振る。
 そうじゃないよな。こんな大事なことを、勢いで誤魔化して澄ましちゃおうとした俺がバカだったんだ。
 だから、友也はもういちど、プレゼントを両手で大事そうに持っている渉の手を包んだ。こんな夜更けに長いことベッドから抜け出しているからだはすっかり冷え切って、友也のふたまわりも大きい手はつめたくかじかんでいる。
 友也は心の中で、このひとの、このつめたい手があったまりますように、と魔法をかけた。サンタの魔法をかけるには、その魔法でしあわせになるはずのだれかの笑顔を思い描くのがうまくいくコツなのだ。
「……そう。だからこれは、サンタからのプレゼントじゃなくて、俺からのプレゼント」
 わざわざ、クリスマスイヴでもない夜に、サンタの魔法まで使って、こうしてこのひとのところへやってきたのは。
「メリークリスマス、日々樹先輩。みんなのサンタ、おつかれさま」
 みんなの笑っている顔が見たくて、魔法も使えないのに、魔法みたいにみんなを笑顔にしちゃったやさしいひと。
 じんわりとあたたまってきた両手できゅっと包みを握って、渉はちょっとびっくりした顔をしたあと、「ありがとう、サンタさん」とやわらかくほほえんだのだった。

▼ その気になれば体温だってコントロールできる渉のつめたい手をあたためてあげるのは友也くんだといいな(2021.11.29)