２２センチ

「身長たす２２をすると抱き着きやすい男性の身長がわかる」

　流れていく文字の中、ふと目に付いた一文に、そのとき端末片手に惰性でタイムラインを追っていた一同に妙にイヤな予感が走った。
　とくべつ忌避することもない、なんでもないような文章だ。強いて言えば、気になる女の子が呟いていて、更にその数字が自分の身長と合致していれば若干トキメく、ドキドキする、そんな文章。普通ならば。
　そう、普通なら。だが残念ながら、バスケットボール、部活動、先輩後輩、同級生、…などという共通点で繋がり合う彼らには、油断出来ない理由があった。
　男だらけのフォロー被フォローの関係の中、男だらけの繋がりの中で、普通なら中々お目にかかれないような甘酸っぱいやりとり。メシと部活とマンガと、ちょこっとだけ、色っぽい話題。そんな三大欲求のことしか考えていない一般的な男子高校生らしい呟きばかりに時折混じる、宛名すら書いていない、けれど明確に発信相手を理解出来てしまう細切れのラブコール。
　例えば、つい最近のやりとりがコレだ。

一号　＠vanilla_1gou
今日の東京都の最高気温は３９度らしい。こんなに暑い日は冷たい麺類が食べたくなりますね。

Taiga　＠Tiger802
今日の晩メシ蕎麦にするか

一号　＠vanilla_1gou
とろろ蕎麦が食べたいです、とろろ蕎麦。それから、えびてん。

Taiga　＠Tiger802
とろろおろす係お前な　あとエビ天の衣だけ外して食べるのそろそろヤメろ

　夫婦か。お前らは夕食のメニューを相談する夫婦なのか？？
　そもそも、
　「麺類が食べたい」→「じゃあ晩メシは蕎麦」→「とろろ蕎麦で」→「お前がとろろ係」
　この流れにどちらも疑問を持たないのがまずおかしい。何故一緒に夕食を摂ることが前提なのか？　普通ならそこで「じゃあ今晩お邪魔してもいいですか」とか「メシ食いにこいよ」とか、あるだろ、なんか。
　最近では慣れてきてあーハイハイまたやってんな、で済むが、およそ高校生男子のツレ同士とは思えないやりとりに、二人と繋がってまだ日の浅かったかつての自分なら、電車内で端末片手に思わず突っ込んでしまっていたかもしれない。
　っていうか、＠を付けろ、＠を。
　以上、このやりとりを目にしてしまった不運な某主将の心の叫びである。

　こういうやりとりが、突如として二人をフォローする誠凛高校バスケ部一同、プラスその他、に襲いかかるのだ。
　「今日雨じゃん！　外周ナシかな～」
　「ハラ減ったけどコンビニ寄る金もない侘しさ」
　「なんか朝からハラの調子良くないな…　……！！腸が超痛い！！！」
　「今電車だけど、前に座ってるＯＬっぽいおねーさんがすっっっっげーカワイイ」
　そういった健全な、下らない、男子高校生的日常に慣れきった一同にとって、某つぶやきネットワークサービスにおいて、時折やってくるこの愛すべき光と影コンビの暴力的なまでの甘酸っぱいやりとりが、目下悩みのタネであった。

　そんな中、このタグだ。
　皆さんはご存知だろうか。件のハタ迷惑なルーキーコンビの身長差を。
　黒子テツヤ、１６８センチ５７キロ。
　火神大我、１９０センチ８２キロ。
　全く嬉しくないことに、見事２２センチ差なのである。
　「身長たす２２をすると抱き着きやすい男性の身長がわかる」。
　もちろん、そのとき、そのタグを目にした全員が、漏れなくイヤな予感を抱いた。そしてそのイヤな予感は、残念なことに当たってしまったのだ。

一号　＠vanilla_1gou
１９０センチの人ですね #身長たす２２をすると抱き着きやすい男性の身長がわかる

　それ、「火神くんですね」の間違いだろう。
　あまりにも予想通りすぎるしらじらしい呟きに、絶え間なく下らない呟きが流れていたタイムラインが、そのとき、凍った。

Taiga　＠Tiger802
マイナス２２センチで抱きしめやすいヤツのデカさか？ #身長たす２２をすると抱き着きやすい男性の身長がわかる

　お前もなに満更でもなさそうなこと言ってんだ！！！
　相変わらず宛先を明確にしない呟きにイラついた一同の心の声が重なる。
　週もはじまりの、火曜日の夜である。遠い週末を嘆く呟きに、テレビ番組のちょっとした感想。夕食を待ちわびる叫び。先程まで絶え間なく進んでいた、まだまだ騒がしいはずの文字の列がぴくりとも動かないことに、この二人はなんの疑問も抱いていないのだろうか。
　なんでお前らが遠回しにイチャつくたびに、オレらが固唾をのんで端末見つめなきゃいけないんだよ。
　特に普段から三次元世界でも思う存分目の前で見せつけられている同級生三人の声が聞こえてくる気がする。

一号　＠vanilla_1gou
まあ、こういうどこから発生したかわからないようなものって、眉唾だとは思ってますけど。

Taiga　＠Tiger802
ケッコー気になるし、明日確かめねーとな

　……もう好きにしてくれ。
　早速明日もお熱い仲を見せつけられてしまうことが確定した誠凛高校バスケ部一同と、そんな彼らに深い同情を抱いた他校の同士たちの見守る中、固まったタイムラインに「ハグはグッとね！」と全くなんの慰めにもならない下らない呟きがまた一つ流れていったのだった。