誰にも言ったことないけど、ホントはずーっと疑ってた。黒子っちと火神っちのこと。だってアレは、明らかにただのチームメイトとか親友とかの雰囲気じゃない。相手に許す距離が近すぎるし、ふつう男同士であんなにホノボノした空気は作らない。火神っちが黒子っちに向ける目は絶対に他の誰に向けるものよりやさしい気がするし、黒子っちもいつも火神っちのことばっかり見てる。
 今日だって、せっかく俺と青峰っちも一緒だったのに、早々にバテて公園の屋外コート横のベンチでのびてる黒子っちは、タオルを被って直射日光にうんざりした顔をしながら、それでもずっと、青峰っちと1on1してる火神っちを目で追ってた。俺が差し出すスポドリとかタオルとかにありがとうございますって反応こそしても、それ以外は何話しかけてもずっと火神っちに夢中。火神っちがシュート決めたらまるで自分が決めたみたいに花飛ばして(って言っても一見無表情だけど)、もうこっちが「黒子っちったらどんだけ火神っちのことスキなんスか!」って言いたくなるくらい。だいいち、黒子っち、俺にだってあんな顔してくれたことないのに!
 最後のはまあ置いとくにしても、やっぱりなーんかこのふたりはアヤシイと思う。ふたりがコンビニ行ってる隙に、青峰っちに「あのふたりってホント仲良いっスよね~」ってそれとなく言ったら「男の嫉妬はきめえぞ黄瀬」って言われたけど、まあ青峰っちはバカだし。
 目の前を並んで歩くデコボココンビを、何歩か後ろから眺める。いや、その、このふたりが仮にもし万が一ホントにそういう関係だったとして、だからべつにどうって話じゃないんだけど。知らない人間ならまだしも、黒子っちも火神っちも俺はホントに尊敬してるし、大好きだし、ふたりが幸せなら俺は何も言わないし、それでいいんだけど。
 でも、それはそれで、「黄瀬、実はオレら、その、付き合ってるっ…んだ」とか「親友の黄瀬くんには知っておいて欲しくて……」とか、なんかあっても良いんじゃないだろうか。友達のそういうのって、俺はちゃんとお祝いして一緒に喜びたいタイプだし。男同士だと、やっぱり周りの目って気になるんだろうか。それとも、俺ってそんなに信用ないかな。「うわっふたりってホモだったんスか? 気持ちわりーなあ、もう近づかないでくれる?」とか言っちゃいそうな男だと思われてたり………これ以上は自分で言ってて泣きそうになるからやめよう。
 件のふたりは俺のことなんか気にもしないで、最後の2on2で火神っちが決めたダンクが無理矢理だっただのなんだのってまだ言い合ってる。半日一緒にいたけど、ふたりが言い合うのはもうこれで片手じゃ足りないくらい。よく飽きないでそんなに何度も喧嘩できるなって感心するけど、ふたりにとっては喧嘩ですらない、じゃれあいみたいなものなのかもしれない。あ、火神っちがまた黒子っちの頭掴んで怒られてる。
 思いっきり身体を動かしたあとの心地いい怠さにひきずられるみたいにダラダラ足を動かしていると、黒子っちに脇腹にチョップ入れられてその胸ぐらを掴み返してた火神っちが、あっ、と急にでかい声を出して振り返った。
「そうだ、お前らメシ食ってかねえ?」
「今からっスか? え? 火神っちの家で?」
 ふつうに話してるけど、火神っち、手に黒子っちをぶら下げたままだ。黒子っちの首締まんないのかな。平然とした顔をしてるから、火神っちが手加減してるんだろうか。
「前から今日は黒子が来る予定だったから、作って来たのは良いんだけどよ、コイツが食わねえの忘れてオレの感覚でふたり分作っちまって。たぶんさすがに余るんだよな」
 カレー。呟いて、火神っちがちょっと困ったみたいに眉を寄せる。話に聞いてはいたものの、改めて目の前のでかい男を目にすると、火神っちが一人暮らしの男子高校生にしてはわりとまめに自炊してるってちょっと不思議な感じ。当たり前みたいに作りすぎたって言う火神っちが知らない人みたいだ。
 っていうか、前から来る予定だったって、それは……その。穿ち過ぎかもしれないけど、俺たちがお邪魔したら、ホントにただのお邪魔虫なんじゃないだろうか。色眼鏡かもしれないけど、自分のポロシャツを掴んだままの火神っちの腕を「シャツが伸びます」っていつもの声でぽんぽん叩いてやっとコンクリートに降ろしてもらった黒子っちは、でもなんかちょっと不満そうだ。
「ボク、火神くんのカレー好きだから、いっぱい食べますよ」
「なーにがいっぱいだよ。今日の昼もあれっぽっちしか食ってねえじゃん」
「あれっぽっちって、セットですよ。フィッシュバーガーセット。火神くんが食べ過ぎなんです」
「そのセットのポテトほとんど残してオレに寄越したのは誰だよ」
 四人で決めた集合時間は昼過ぎだったはずだ。また性懲りもなく言いあうふたりに、俺は「あ、やっぱり昼も一緒だったのか…」なんて、寂しいような納得したような気持ちになる。まあ、なんとなく予想はできたことだけど。
 ふたりの口ぶりからして昼に行ったのはいつものマジバで、それで俺たちは誘ってくれなかったとなると、やっぱりそういうことなんだろう。黒子っちが「じゃあ、お昼は火神くんに手伝ってもらって少なめだったんで、今すっごくお腹空いてます」なんて一見揚げ足取りみたいなこと言ってるのも、たぶんそういうことなんだろう。
「でも、急にお邪魔しちゃ悪いっスよ。ねえ青峰っち」
 自慢じゃないけど、仕事柄察しは悪くないほうだ。どうもちょっとニブいらしい火神っちには、ここでちゃんと俺たちが気を遣ってあげないといけない。黒子っちの目も怖いし。そう思って青峰っちに振ったのに。
「つーか腹減ったー。オレ、もう火神のカレーでもなんでもいいわ。食わせろよ」
 うわー! 青峰っちマジ空気読んで!! ホラ黒子っちなんか舌打ちしそうな顔で青峰っちのこと見てるじゃん!





 火神っちの家には初めて来たけど、「男子高校生の一人暮らし」って聞いて想像してたのとはぜんぜん違う、最低限の家具とバスケ用具しかないような、物の少ない綺麗な部屋だった。っていうか広い。高そう。
 すぐだから、テキトーに座ってて、って言ってキッチンに引っ込んだ火神っちは、カレーの入ってるらしいかなりでかい鍋をお玉でかきまわしたり、サラダ用らしいベーコンを焼いたりスクランブルエッグを作ったり、まるで別人みたいにてきぱき動いている。手際が良くて、エプロン姿もすごく様になってて、黒子っち、良い彼氏つかまえたなあ、って身もふたもなく思ってしまった。
 そういう黒子っちはといえば、俺たちと同じ「お客さん」なはずなのに、忙しく動く火神っちの邪魔にならないように、自分の仕事をわかってるっていうか、いかにも慣れてる感じで、布巾でテーブルを拭いたり人数分のグラスを出したり、細々としたお手伝いに忙しい。
 黒子っちが何も聞かないでも布巾とかグラスの場所を知ってたりとか、火神っちも黒子っちが勝手にいろいろ触ったり準備したりしてるのが当然みたいに何も言わなかったりとか、そういうので、俺はこの光景がふたりにとって日常のごく普通のことなんだなって思って、ちょっと友達のヒミツを盗み見ちゃったみたいな、むず痒い気持ちになる。黒子っちが出してきたグラスのうち、二つが色違いのお揃いだったりしたから、余計にああーって思う。
 なんか、このふたりって……まだちゃんとはっきり聞いたわけじゃないけど、ホントに恋人同士なんだなって。
 あのグラス、赤のボーダーのが火神っちので、青のボーダーのが黒子っちのなんだろうか。ふたりで買いに行って、ふたりで選んだのかな。自分の友達が、そういういかにも同棲してるカップルみたいなことをしてるのは、なんていうかすごく…ヘンな感じ。っていうかよく見たら、テレビの横のあの棚、あそこだけ文庫本とかハードカバーがいっぱい。火神っちがそんなの読むわけないし、とするとあれは黒子っち用の本棚なのか…。この分だと、たぶん洗面所には黒子っちの歯ブラシが火神っちのと一緒にコップに収まってるし、高確率で寝室には黒子っち用のタンスまであるな。
「黒子ぉ」
「もう机拭きました」
「おーサンキュ」
 勝手にエロ本とか探してるサイテーな青峰っちを眺めながら、ボーッと黒子っちと火神っちの同棲生活について妄想してた俺は、ふと聞こえてきた会話に思わず耳を疑った。火神っち、今「黒子」としか言ってなくない? なんで黒子っちの返事が「もう机拭いた」なわけ? しかもなんで火神っちはそれに「サンキュ」なわけ? えっ?
 びっくりしてふたりのほうを見ると、今度は更に驚くべきことに、炊飯器からご飯をよそう火神っちに黒子っちが「火神くん」って声をかけただけで、火神っちは何かしら理解したらしく、「おう」って黒子っちが食器棚から皿を取り出しやすいようにちょっと身体を退かしているのが見えた。「火神くん」「おう」で会話が成立してた。
 どう考えても俺たちに聞こえない副音声でやりとりしているとしか思えない。
「火神くん(そこのお皿取るのでどいてください)」
「おう(悪いな、頼む)」
 みたいな。もうちょっと俺たちにもわかりやすいコミュニケーションしろよ。熟年夫婦かよ。
 そのまま皿を並べに行こうとした黒子っちを引き止めて、火神っちがカレーの味見用らしいスプーンを黒子っちに差し出す。皿を両手で持ったままの黒子っちが、まるでなんでもないことのようにそのままあーって口を開けて、火神っちにスプーンで食べさせてもらってる。もう、なんていうか……脱力して言葉も出ない。俺たちお邪魔かなって思ってたけど、どっちにしろ俺たちがいてもこんだけ開けっぴろげにできるって、ある意味すごい。黒子っちって、そういうキャラだったっけ?
 まあ、でも、おいしいですって言う黒子っちの顔が見たことないくらいとろとろに幸せそうで、そうかよって笑って黒子っちの髪を撫でる火神っちの手つきも、ホントに大事なものをいつくしむみたいにやさしいから、ふたりの幸せを目に見えるかたちで見た気がして、俺は自分のことのようにうれしくなる。
 そうやってじーっとふたりを眺めていたから、ふと火神っちがメシ出来たぞってこっちを見たとき、俺はついびっくりしてソファから音を立てて立ち上がってしまった。ちょっと変に見えたかもしれない。エロ本のかわりにバスケ雑誌を見つけて読んでた青峰っちが、腹減ったーってぼやきながらテーブルにつく。俺も、あまりにもこの数十分で見せつけられたいろいろにどぎまぎする心臓を抑えて、真正面からふたりを見れないなって思いながら、青峰っちの隣に座る。
 テーブルの上には三つの大盛りカレーと、黒子っちの前にだけ普通盛りくらいのカレー。それでも俺の知ってる黒子っちの食べる量からすれば充分多いほうだ。それからおいしそうなドレッシングのかかったベーコンエッグの載ったサラダの大皿。スパイスのきいためちゃくちゃいいにおいに、黒子っちと火神っちの空気にあてられて胸一杯で忘れてたけど、そういえば空っぽだった腹が思い出したようにきゅーって音を立てる。
 火神っちの前に置いてある青いボーダーのグラスの中で、氷が溶けてカランって音が鳴ったけど、スプーンを握った俺にはもうあんまり聞こえていなかった。






 火神っちのカレーはホントにおいしくて、俺たちみんな何回もおかわりしたあと、火神っちと青峰っちが皿を洗って、黒子っちと俺でテーブルを片付けることになった。今日一日ずーっといろいろ考えて、モヤモヤしてた俺にはちょうどいい機会だ。真剣な顔でテーブルを拭く黒子っちに、火神っちたちには聞こえないようにこっそり耳打ちする。
「黒子っち、今日はゴメンね」
「え?」
 黒子っちは手を止めて、キョトンとした顔で俺を見た。
「ホラ、せっかく前から火神っちと約束してたのに、俺たちが邪魔しちゃったじゃないスか。青峰っちがバカだから空気読めなくて」
「ああ…ボクはべつにそういうつもりじゃなかったんですけど、気を遣わせてしまったならすみません」
 しばらく考えるみたいにまばたきをして、やっと夕方のやりとりを思い出したらしい黒子っちが、無表情ながらやさしい顔をした。やわらかくなった目を見る限り、どうやら夕方のアレはホントに何の含みもない発言だったらしい。ぜんぶ俺の早とちりだったみたいだ。
「でもやっぱり、好きな人とはふたりがいいでしょ?」
 火神っちの家に来てから若干の罪悪感でずっと落ちつかなかった気持ちと、あとわざとじゃないとはいえ甘ったるい空気を見せつけてくれた仕返しに、これはちょっといじわるかなって自分でも思う質問を投げかける。黒子っちは意外そうに目を大きくして、でもそれからすぐにいつものニュートラルな表情に戻る。
「そうですね。でも、ボクにとっては黄瀬くんも青峰くんも大事な友達ですから。久しぶりに一緒にご飯食べられて、楽しかったですよ」
「くっ……黒子っち~!」
 なんでもないようにテーブルを拭き終わった布巾を畳んでお盆に乗せて、キッチンに引き上げようと立ち上がりながらしれっと言った黒子っちに、俺は感動して思いっきり抱きついてしまった。そうだった。黒子っちって、こういう性格だった。いつもは冷たいし、表情筋なんか一ミリも動かしてくんないし、何考えてるかわかんないし、コミュニケーションになんかぜんぜん興味ないように思えるけど、俺が欲しいときにはちゃんと恥ずかしいくらい好意を表現してくれる、男前な黒子っち。
 自分よりずっと小さい黒子っちの肩に、黄瀬くん邪魔です、重いです、どいてくださいって冷たく言われるのも気にせず、じゃれるみたいにぐりぐり頭を擦り付けていると、急に遠慮無しに襟首をひっぱられて喉が詰まって、ぐえっと声が出た。
「おら黄瀬、遊んでねえで帰んぞ」
「あ、青峰っち…もっと俺のこと丁寧に扱って……」
 火神っちと青峰っちはもうキッチンを片し終わったらしく、すっかり帰り支度を整えた青峰っちがめんどくさそうに俺の鞄をひっぱりあげる。まだ痛む喉を撫でながら、もしかして、青峰っちも案外バカじゃなくて、けっこう空気読めたりするのかも、と思う。
 促されるまま俺もみじたくを整えると、エプロンをつけたままの火神っちが玄関まで見送りに来てくれて、滅多にないシチュエーションに、なんだかくすぐったい。
「ふたりとも気つけろよ」
「おう。カレーなかなか美味かったぞ。じゃあなテツ」
 呼ばれた黒子っちは、火神っちの後ろのほうで無感動にひらひら手を振っている。って。
「え? 黒子っちは帰んないの?」
 つい口に出して訊いてしまうと、ぱちぱちとまばたきをした黒子っちは、
「帰りませんよ。今日一日待った、やっとふたりきりでいちゃいちゃできるチャンスなんですから」
 と、何言ってるんですか、みたいな顔で言った。火神っちが赤くなりながら黒子っちの頭を掴んで怒っている。
 どの口が……いや、うん。なんかもう、俺、お腹いっぱい。どーぞ好きにしてくださいっス…。

▼ (13.1.30)