黒子テツヤは見た目に似合わず男らしい。
 いかにも文学少年っぽい、「本より重いものは持ったことありません」みたいな顔してるくせに(これはちょっと違うか)、むしろ黒子テツヤという男の中身は熱血と言ってもいいくらいだ。人畜無害で大人しそうな外見に反して、すぐ喧嘩ふっかけてくるわ短気だわ、べつにこっちが求めてないところまでいちいち男前なヤツだ(あるいは頑固すぎてちょっとムカつく)、というのがオレが黒子に持っている印象だった。
 その黒子がなにをトチ狂ったか、オレのことを好きだと言った。
 それからだ。ヤツの男前さが斜め上の方向に突き進みはじめたのは。好きだの大切だのボクの光だの誤解を招きそうなことをTPOも関係なくすらすら口に出すようになった黒子に、前の冷静なおまえはどこに行ったんだよって頭が痛くなる。いや、事実黒子はオレを好き……らしいから、誤解じゃないのか。
「火神くん、TPOってなんだか知ってますか」
「バカにしてんのか」
「はい」
 凛々しい表情で堂々と言い放ったその口の両端を思いっきりひっぱってやる。つーか心を読むな、心を。
 元々こいつが、照れくさい、発言を躊躇うようなことでも怖じ気づかず口に出せる性格なのは知ってたし、こいつの相棒として確かに信頼だとか好意だとかは感じてたし、オレだってこいつにそんな感情を持ってないわけじゃなかった。黒子は一歩コートを出ればそのポーカーフェイスの下で何考えてんのかわからない宇宙人みたいなヤツだが、疑いようもなく感じる信頼も、まっすぐに確かに届く好意も、正直に言うと満更でもなかった。それはこいつがただの相棒以上、チームメイト以上の意味でオレを好きだと言った後でも変わらない。
 ただ、それも時と場所と場合を弁えたときの話だ。

 拷問みたいな四時間(こう言うと黒子に「午後の授業もキミにとっては拷問でしょう」と言わた。うるせえおまえだってオレに隠れて寝てやがるくせに)を終えてやっと迎える昼休み。特に口約束したわけでもないが、ただ入学してからのなんとなくの習慣でいつも黒子と向かい合ってエネルギーを身体に詰め込む時間。いつもはなんとなく、べつにこいつと飯が食いたいわけじゃなくて、ただ席を移動するのが面倒くさいだけ、と何故か自分に言い聞かせながら過ごしているが、今日だけはこの男と向かい合う必要があった。土日にかけて家族が皆出掛けてしまって、一人で家事をこなす自信もないからオレの家に泊まらせてくれと、黒子が言ったからだった。
 ついでに古典の課題も手伝ってくれるというので、どうせなら飯は好きなもんを作ってやろうと思って何が食いたいと訊いたオレに、フルスロットルで素直な愛の言葉をぶつけてくる絶賛求愛中(本人いわく)の黒子は、その、昼休みの喧噪に満ちた教室で、
「ボクは火神くんが作ってくれたものならなんでもいいですよ」
 とのたまった。
 異常に影のウスい男だからクラスメイトに気にもされなかったものの、誰かに聞かれていたらちょっと辺りがざわつくような言葉だ。
 こういうのは甘ったるい言葉をささやくべき恋人相手に言う言葉で、間違っても190あるダチ相手に言うことじゃない。
 思わずそう口に出す瞬間、黒子の、いつもよりちょっとだけ赤くなった目元だとか、どうしようもなく幸せそうに緩んだ口元とか、そういうのに気付いてしまって、ああこいつってマジでオレのこと好きなんだな、と思うと、もう何も言えなかった。
「……頼むから、人前でそういうこと言うのはヤメろ」
 ムードもへったくれもねえじゃねーか。口説いてるっつーならもっとこう、雰囲気をだなあ。そもそもおまえアレだろ、なんでもいいとか言っといて実際気に入らないもんが出てきたらぶつぶつ未練がましく文句言うヤツだろ。分かってんだからな。
 代わりに言い訳みたいに口から出てきたのは、そんなどっかずれた言葉だった。そういうことじゃねーだろオレ、と自分で言っておいて落ち込んで、誤魔化すように目の前のパンを齧る。
「火神くん、雰囲気ってちゃんと漢字で正しく言えたんですね」
「ああ!?」
 いつもみたいに喧嘩売ってるとしか思えない言葉にパンから視線を上げると、いつもみたいにやり返してくるかと思った黒子は、ぱちぱちとでっかい目をまばたいてじっとオレを見るだけだった。
「なんだよ」
「なんでもないです」
 ……火神くんって、ホント、バカですよね。
 しばらくしてから、ふう、とため息と一緒に呟いた黒子の頭に、今度こそオレは全力のチョップを入れることにしたのだった。

▼ タイトルはペトルーシュカ様の「独特すぎるあいつの5題」より。(12.12.28)