そりゃあボクだって、ウスくて細くてちっさいと不名誉な形容詞を戴きがちなボクだって、練習後に体力を使い果たして床の上にのびている姿が先輩方にもいつもの光景として受け止められてしまっているボクだって、日々火神くんや青峰くんに子どもみたいに頭をかき回されているボクだって、一応これでも男の端くれではあるわけです。
 あ、なんか自分で言ってて虚しくなってきた。
 五時間目の体育は満腹感も手伝って実に身体が重い。ましてや今日の競技はサッカーだ。当然ボクにボールはまわってこない。そもそもボールとかまわされても正直全く勝利には貢献できない自信がある。だから結局こうやって火神くんやクラスメイトたちがわいわいボールを追いかけているのを横目で見ながら、自陣のゴール近くに突っ立って、詮無いことを半ば呆然としながら考えている。考え様によっては、あれだ、ボクはピンチの場面に駆けつける人員だ。役に立たないけど。
 でも、だ。ゴールを決めてクラスメイトとはしゃいでいる火神くんを遠くに見ながら思考をまた戻す。言い訳をすると、小さい小さいと言われるもののボクはれっきとした平均身長である。つまり、ボクが小さいわけじゃなく、周りがバカみたいに成長期の恩恵を受けたバカみたいな図体の人ばかりなため、相対的に小さく見えるだけなのだ。それに体力だって、確かにハードな練習の後には動けなくなってしまうし、特別有り余っているというほどでもない。だけどこれでも強豪校の一軍を務めた人間だ。一般的な男子高校生と比べて著しく劣っていたりはしない。火神くんや青峰くんが人の頭を遠慮無しにぐしゃぐしゃにするのは、これはもうボクの責任じゃない。高さ的にちょうどいいからとか、そういう理由じゃない。きっと。
 耳に入った喧噪にはっとして頭を土っぽいサッカーコートに戻すと、いつの間にか相手チームにゴールエリア近くにまで攻め込まれている。複数人がもみくちゃになっているあたりに突っ込んでいくと、おそらく存在感の無さからボクまでもみくちゃにされてしまうだろうから、人の塊から少し距離をとっておくことにする。火神くんを獲得したうちのチームはわりと健闘しているらしく、危なげなく主導権を取り返して、またあっという間に相手ゴールへと離れて行った。
 遠くからでもすぐにわかる、飛び出した赤っぽい頭をじっと見る。火神くんはバスケバカだけど、そもそも身体を動かすことが好きなようで、今日も例に漏れず楽しそうにボールを操っている。相変わらずああいう火神くんはやっぱりカッコいい、と思う。
 周りの扱い以上にボクだって平均値の男子高校生で、したがって平均値の青い春を迎えている。少し平均からずれているところがあるとすれば、その青春を一緒に過ごす相手が、かわいらしい女の子ではないということだろう。
 ボクは火神くんが好きだ。
 ボクと火神くんはおつきあいなるものをしているから、火神くんもボクを好きだということになる。
 だけど、それじゃあ現状になんの文句もないくらい満足しているのかと言われると、素直には頷けない。贅沢なことを言っている自覚はある。
 ボクは、火神くんの彼氏になりたいのだ。いや、厳密に言えばそうじゃない。ボクは火神くんをカノジョ扱いしてみたい。普通の男子高校生が彼女にするみたいに、満員電車でさりげなく人の波から庇ってあげたり、遅くなった日は家まで送ってあげたり、二人で並んで歩いているときに向こうからきた通行人を避けるように抱き寄せたりしてみたい。
 いくら恋人が自分より二十二センチ大きいからって、二十キロ以上体重差があるからって、ボクだって男だ。ちょっと格好良い感じのスキンシップとか、彼氏っぽいことをしてみたいのも別におかしなことではないと思う。
 ただ一つ問題なのは、その件の彼女(予定)が当のボクよりもカッコよくて、彼氏っぽい、ということなのだ。あの、また相手ゴールにボールを叩き込んだ眩しい笑顔から解るように。

 たとえば満員電車で。
 二人で並んで立っていても影の薄いボクは周りに気付いてもらえないことが多く、出入りする人波に遠慮なしにぶつかられることが多い。火神くんと違って、ぶつかられるとたまらずよろけてしまうボクを、火神くんはしっかり肩を抱いて支えてくれる。それだけじゃなく、最近では最初からホーム側のドアと反対方向にボクを置いて、乗り込んでくる人から自分の身体でさりげなく庇ってくれるのだ。
 もう、これを彼氏と言わずなんと言おうか。密着している身体にちょっと恥ずかしそうにする顔がまたムカつくくらいイケメンなのだ。ずるい。ボクもそれやりたい。
 他にも、学校帰りの夜道で。
 街灯は等間隔に何本かあるものの、すっかり日の沈んだ時間帯、ボクは特に人から見つけられにくい。自転車相手でももちろんそうだから、よく事故になりかけては舌打ちされる。ライトを付けていればこっちから避けられるけれど、無点灯だとなかなかそうもいかない。
 そういうとき、火神くんは自転車と衝突しそうになったボクの肩を引き寄せてくれる。特に声もかけず無言で急に抱き寄せるものだから、ボクはいつも少しドキドキしてしまう。それだけじゃなく、気がつけばいつの間にか車道側を歩いているし、マジバに寄れば先にドアを開けて入ってそのまま待っていてくれるし、なんというか全体的にやることが嫌味なくカッコいいのだ。
 たぶん火神くんは、ボクが彼より小さくて細くて弱っちく見えるから(自分で言ってて悲しくなってきた)そういったふるまいをしているのではないと思う。おそらく彼にとって、こういう行動は好きな相手に対してするべき当たり前のことなんだろう。もしボクが青峰くんばりの上背を持っていたとしても同じようなことをしたに違いない。たぶん本当に青峰くん並みの体格があったら、もうそれはボクじゃないだろうけど。存在感的な意味で。
 そういうところもなんだかずるい。誰かさんではないけれど、意外と火神くんはスペック高い。そんな相手をカノジョ扱いしたいだなんて、到底無理な話なのかもしれない。だけど、いくらカノジョ扱いされていると言っても、やっぱりボクだって男だ。ボクだって、火神くんの彼氏なのに。

「オイ黒子ッ!」
 なんだか火神くんの切羽詰まった声が聞こえた気がしてふと意識を戻すと、ボールを取り合ってバランスを崩した数人がボクになだれかかってくるところだった。咄嗟のことに、避けることも受け身をとることも出来ずに押しつぶされてしまう。思わず変な声が漏れた。
「うわあ黒子ゴメン! 全然見えてなかった」
「大丈夫か?」
「腰打った?」
「どっか怪我してねえ?」
 口々に掛けられる声に大丈夫ですと頷いて、手のひらの砂を払う。立ち上がろうとすると、火神くんが手を差し伸べてくれた。
「大丈夫か?」
「大丈夫です。あ」
「どうした!?」
 慌てた様子で覗き込んでくる火神くんがなんだか可笑しい。
「足捻ったみたいです。ちょっと……」
 立ち上がろうとしても痛みがはしって、右足首に力が入らない。
 火神くんが盛大にため息を吐いて、膝をついた。
「影薄いの利用してサボってっからだろ。おら、見せろ」
 ボクの立てた右足をとって、火神くんは難しい顔をする。
「んー……そこまでひでえわけじゃねーだろうけど、一応保健室行くか」
 コイツ保健室まで連れてくから、センセーに言っといて、と一人でまわりに声をかけて、火神くんはボクを肩と膝裏に手をまわして抱き上げた。所謂、お姫さま抱っことかいうやつだ。よっ、と一息で特に抵抗もなく抱き上げられて、ボクの男としてのプライドがちくちく刺激される。
「ちょっと、火神くん! 平気です、ボク歩けます」
「平気じゃねーだろ、余計悪化したらカントクにシバかれんぞ」
 抗議しても、近くなった顔にじっとねめつけられてなにも言えなくなってしまう。
 ああ、まただ。また火神くんばっかりこうやって、カッコよくて、彼氏みたいだ。ボクだって男なのに。
 悔しくなってしまって、両腕を火神くんの首にぎゅっとまわしてしがみついた。火神くんが歩くたびに振動が伝わる。たぶん不満そうにふくれているだろう顔を隠したくて、熱い胸に押しあてた。ポーカーフェイスが上手いとみんなに言われるけど、なぜか火神くんにはすぐにバレてしまう。
「なんだよ、文句言うな」
 あ、とうとう顔を見なくても当てられてしまった。でもこの顔を見られるのもイヤで、抗議するみたいに頭をすり寄せる。さっきまで走り回っていた火神くんの身体はすごく熱くて、汗のにおいがする。毎日の練習で見慣れたそれも、さすがにこの近さで感じることはあまりない。目を閉じて大きく息を吸い込んだ。汗と、太陽のにおいがした。
 そういえば、さっきからあまり揺れを感じない。気を遣ってくれているのかな。火神くんはいつも大股で歩く。ボクと一緒のときもずんずん進んでいってしまうから、コンパスの違うボクはちょっと小走りしなければならない。だけど最近は、たまにチラッとボクのほうを見て、少しだけ進むスピードを緩めてくれていることも知っている。
 まあ、べつにいいかな、と思った。今日もボクの火神くんは最高にカッコいい。それでいい。それに、甘やかされるっていうのも実はけっこう満更でもない。役得でもあるし。思わず息だけで笑みを漏らした。
「なに笑ってんだよ」
「いえ、ただ火神くんが今日もカッコいいので、惚れ直してました」
 バカなこと言ってんな、とむくれた口調の火神くんが、ちょっと顔を赤くしているのは見なくてもわかる。ああほら、ボクの火神くんはカッコいいだけじゃない。こうやって初心な少年みたいなかわいい顔も見せてくれる。いや、顔は見てないけど。熱い胸のドキドキがちょっとだけ早くなったのが頬から伝わってきて、いたく満足する。
 そうしてボクはボクの素敵な彼氏の胸にまた頭を埋めて、大きく息を吸い込んだ。

▼ たぶん黒子さんはドッジとかサッカーみたいな自分の存在がスルーされる競技以外、ソフトボールとかテニスは全力でスイングして全力で空振りして胸張る人。火神くんは自覚がないけどちょっと黒子さんに甘いくらいだとかわいいな、と思います。タイトルはペトルーシュカ様の「分かりづらい恋人に5題」より(13.1.7)