『こんばんは、火神くん。

火神くんの字、僕は、大きくて読みやすいと思いますよ。そりゃ、ちょっと崩れてはいますけど。
実は僕も、こうやって身近な人と文章のやりとりをしたことがないので、少し緊張しています。
手紙だってあまり書かないのに、ましてや、交換日記だなんて。初めてなので、すごくくすぐったい。
なので、妙なことを書いていても、どうか見逃してください。火神くんの字とおあいこです。

ええっと、何を書けばいいかな? そうだな、火神くんは、休みの日は何をしていますか?
僕は読書をすることが多いです。買ってきた本を家で読むことも多いですが、図書館にもよく行きます。
暗いだなんて言わないでくださいね。火神くんはあまり本は読まないみたいですが、小説って悪くないものですよ。
本当の自分では決して体験できないこと、いろんな冒険や、ロマンスや、沢山の出会いを知ることが出来ます。
だから、僕は読書が好きです。火神くんは何が好きですか?

今日も練習、キツかったですね。でも、やっぱりみんなとする部活は楽しかったです。
それに、キツければキツいほど、帰りに飲むシェイクがおいしいと思いませんか?
それじゃあ、今日はこの辺で。おやすみなさい。

黒子テツヤ』



 開いたノートの一ページ目。乱暴に書きなぐった短い火神のメッセージの下に書かれた、ていねいな少し右上がりの文字に、ぎょっとした。
 書き出しで何度か消しゴムを掛けた痕がある。あまり難しい漢字や言い回しを使っていないことから、おそらくは国語の苦手な火神にも読みやすいように気を遣ったのだと一度目を通しただけでわかった。
 普段の何を考えてるのかわからない、あのひょうひょうとしたニュートラルな表情からしれっとこっちをイラつかせることを言う黒子からは考えられない、細やかな気遣いを含んだ文章。ていねいな文字で自分の好きなものの話をし、そして火神のことを知りたがる。ノートの中の黒子は、普段教室や体育館で接しているあの黒子とは、似ても似つかない印象だ。
 少し後悔した。こんなふうにアイツがマジメな返事をくれるって解ってたら、あんな乱暴で適当なメッセージなんか書かなかったのに。もう少しちゃんと内容だって考えて、文字だって見やすいように書いたのに。
「……」
 ちょっと考えて、フローリングに放りっぱなしだった鞄からペンケースを探る。教科書もノートも学校に置きっぱなしだから、汚れ物を洗濯機に放り込んだ今、薄い鞄の中で目当てのものはすぐに見つかった。
 引っぱり出したはいいものの、しばらく何を書けばいいか解らずに、ボールペンを意味もなくカチカチといじくる。文を書く、どころか漢字の書き取りすらあやうい火神には、黒子のように相手を気遣った文なんて書こうとするだけ無駄だろう。
 それじゃあせめて、自分のことを尋ねてくれた黒子に誠実に答えなければ、と思った。



『よう
なんか思ったよりオマエがいっぱい書くから、ビビった
この前の、スゲーテキトーに書いて、ゴメン
オマエの字、教科書みたいで読みやすいな。助かる
休みはだいたい服とかシーツとか洗って、そうじして、ねてっかな
あとはバスケしに行ったり買い物したり
好きなことって言われてもわかんねーけど
やっぱ食ってるときとバスケしてるときが楽しいかな。料理もキライじゃねーし
オマエはあんま食いもんとかキョーミなさそうだよな
バスケするんなら、もっと食ったほうがいいぜ
あ、でも、シェイクだけは飲むんだっけか
オレも今度買ってみるかな。あんま甘いもんは飲まねーんだけど
じゃあな

火神』




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 交換日記をつけなさい、と突拍子もないことを言い出したのは、案の定というか、我らが監督の相田リコだった。

 火神大我と黒子テツヤは、誠凛高校男子バスケ部における、期待のルーキーコンビである。影のエキスパートである黒子のパスワークと、そのパスを充分に生かす才能を持った火神。まだ二人が出会ってから一月ほどだが、すっかりクラスメイトからも部員からも男バスの名物デコボココンビ、よっ相棒、などと囃し立てられる程度には、周囲の認識も二人をセットとして捉えている。
 が、この二人、実は私生活となると、お世辞にも仲が良いとは言えない。
 まずもって性格が合わない。言うまでもなく火神は直情型で、良く言えば素直だが、悪く言えば単純。日々黒子の言葉に隠された機微にも気付かず、結果業を煮やした黒子に喧嘩を売られて、律儀にそれを買っては二人まとめて上級生に雷を落とされる毎日に、大分ストレスを溜めているらしい。
 黒子も黒子で、人畜無害そうな外見に反して、その実中身は舐められるのは嫌い、曲がったことは大嫌い、嫌なものは嫌、と意固地と言ってもいいほど頑固な人間だ。おまけに、細身な外見や読書という大人しそうな趣味から誤解されがちだが、火神に勝るとも劣らないほどの直情型。しかも、結構短気。
 火神からすれば、黒子は何を考えているかわからないうえ、自分にいちいち喰ってかかってきていまいち気に食わない相手。黒子からすれば、火神は鈍感でちょっとデリカシーが足りないうえ、すぐに頭に血が上るので、こっちもカッとなって売り言葉に買い言葉で気がつけば口論に発展している相手。と、直情バカ二人の相性は、実はバスケ以外ではすこぶる悪かった。

 そんな二人を見かねて口を出したのが、リコである。
「あんたたち、いつまでもそうやってケンカばっかしててどうすんの! 試合中だけ仲良しこよし、なんて器用なマネ、できないでしょ!」
 言い返す言葉もない。今の所、共通して熱くなれるバスケに関しては目立った衝突はしていないが、このぶんではいつぶつかりあいが起こってもおかしくはない。そろそろインターハイの予選も始まる。まだ知り合って間もない溝の深くないうちに、相手を知り、お互い歩み寄らなければならないことは、いくらバカと頑固とはいえ、火神も黒子もよく自覚していた。
 だが、本来なら親しくなるべき一ヶ月の間、この着かず離れずの関係で続けてきてしまった以上、その一歩がどうも踏み出しにくいのだ。
 そんな一歩を躊躇う二人の背中を押すべく、リコが提案したのが、交換日記だった。


「交換日記…ですか」
「なんすか、それ」
 微妙に眉を寄せてみせた黒子と違って、火神はきょと、と首を傾げた。
「火神くん、交換日記知らないんですか」
「知らねーよ。だから何だよ、それ」
 驚いたふうに火神を見た黒子に、バカにされたような気がして火神がむっと顔を顰める。その刺々しい返事にまた黒子の機嫌も悪くなるのを感じて、伊月がまあまあ、と二人の間に入った。
「アメリカにはないのかな、交換日記。簡単に言えば……お互い一つのノートに順番に日記を書いてくんだよ。その日あったこととか、感じたこととか。それで、より深く相手を知ろう…ってまあ、そういうヤツ」
「ふーん…」
 ヘンなの、とさして興味もなさそうに火神が相槌を打つ。
「あんたたちに足りないのはね、素直なコミュニケーションよ! 直接話してるとすぐカッとなって口喧嘩しちゃうんだから、交換日記をつけて、まずは冷静にお互いのことを知るところから始めなさい!」
「……って、それをするのかよ!? ですか!? オレとコイツが!?」
「だからさっきからそう言ってるじゃない」
 はいコレ、ノートは用意したから、今日から始めなさいね。と、リコが準備よく大学ノートを差し出す。
 喰ってかかってみせたのもさらりと受け流され、火神が渋々受け取ったそれの表紙には、無骨なマジックで「火神(ハートマーク)黒子 相棒交換日記」といういかにもな文字。
「オレたちがわかりやすくデコっといてやったから! これで何のノートかわかんなくなんないだろ!」
 なっ水戸部! と朗らかに笑う小金井の後ろでは、あからさまに日向が笑いを堪えて震えている。
「とにかく、これはカントク命令だから! さすがに毎日提出しろとまでは言わないけど、もしサボったりしたら……」
 にっこり笑ってみせたリコの笑顔が恐ろしくて、アンタら絶対おもしろがってるだろ! とは、とてもじゃないが火神には言えなかった。



 その夜。
 見事じゃんけんに負け、トップバッターを務めることになってしまった火神は、ローテーブルにまっさらな「火神(ハートマーク)黒子 相棒交換日記」を広げて、かれこれ三十分はうんうん唸っていた。
 何を書けばいいのかわからない。
 そもそも交換日記の存在を知らなかったどころか、日記すら書いたことがなかった人間に、こんなものを書かせるのが間違いだ。そう思いはしても、言いつけを守らなかったときにおそらく待ち受けているであろう地獄のロードワークやらなんやらが恐ろしくて、とてもじゃないか放り出せない。せめて黒子から始めてくれればよかったものの、じゃんけんに勝った黒子は「じゃあよろしくお願いします、火神くん」とそんな気遣いもなくあっさり火神を見捨ててみせた。
 お互いのことを知る、とか、アイツがあの調子なんじゃ意味ねーよ。つーか、こんなノートぽっちでアイツのことなんかわかるわけねー。
 今さら理不尽な目にあっていることに対する怒りが湧いてきて、頭を掻きむしる。が、これ以上悩んでいる時間もない。明日もいつも通り朝練がある。そろそろ就寝しなければ、交換日記云々の前にカントクやキャプテン直々のシゴきにあう羽目になるだろう。
 うし、と一つ気合いを入れて、ボールペンを手に取る。こんなもん、テキトーだ。どうせアイツだって、本気でこんなのでオレと仲良くなろうなって思っちゃいねーだろうし。


『交かん日記とか、スゲーめんどくせー。日本人てヘンなことやるよな
でも、これもバスケのためだし、仕方ねーか。字がキタネーのは我慢しろよ』


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 翌日朝練の後に黒子にノートを渡して、更に翌日、黒子からノートが帰ってきた。
 大して期待もせずノートを開いた火神は、想像以上に綴られていた行数とその内容に、ぎょっとした。まさか、あんな適当な内容に、あんなていねいな返事が返ってくるなんて。それも、あの黒子が、自ら「火神くんは何が好きですか?」と積極的に火神のことを質問してくるとは思ってもみなかった。
 もともと火神も根は素直なのだ。わかりやすく好意を表されれば、もちろん悪い気はしない。それどころか、最初からお互いを知ることを諦めて、適当な内容を乱暴に書き捨てた自分を恥じた。
 そうして書いた精一杯の内容に、その翌々日、黒子はまたていねいな返事を寄越した。



『こんばんは、火神くん。

いえ、一番はじめは何を書いていいか、困りますよね。僕こそいきなり沢山書いてしまってすみません。
その、今まで火神くんとは話をするたびにケンカになってしまっていたので、こうして普通にやりとり出来るのが嬉しくて。
いつもは、僕も余裕がなくて、すぐにカッとなってしまって……もう少し火神くんを怒らせずにいられればいいんですが。
僕の字、読みやすいって言ってくれて、ありがとうございます。嬉しいです。

火神くんは、家のことも自分でしているんですか? ご家族と一緒じゃないんですか?
失礼な質問だったらすみません。でも、自分で洗いものをしたり料理したりするなんてすごいです。
僕なんて洗濯機も回せません。片付けも苦手なので、部屋も汚いし。
自分で全部出来るなんて、火神くんの部屋はキレイなんでしょうね。

僕も、読書以外ではバスケをするのが一番好きです。
食事は…そうですね、あんまり好き嫌いもなくて、母にも作りがいがないって言われます。
火神くんはどんな料理を作りますか? いつもマジバでチーズバーガーを食べてる君ばっかり見てるので、なんだか意外です。
良かったら、今度の帰りに一緒にマジバ寄りましょう。シェイク、今、期間限定で抹茶味が出てるんです。
ああ、なんだか今日もいろいろ書きすぎちゃいました。話したいことが沢山あって、我慢出来なくなっちゃうんです。
それじゃあ、この辺で。おやすみなさい。

黒子テツヤ』


 「普通に話が出来るのが嬉しい」「怒らせたくない」「話したいことが沢山ある」。
 黒子が綴った言葉は、少なからず火神を驚かせた。普段の黒子があのニュートラルな表情の下で、そんなことを考えていたなんて、全くも知らなかったからだ。
 火神のことを知りたいのだと言う少し右上がりのていねいな文字は、素直で、気遣いに満ちていて、そしてかわいげがあった。洗濯機も回せない、なんて話には思わず笑ってしまう。あのまんまるい目でじっと洗剤と洗濯機を見比べて、うんうんしている黒子を想像すると、自然と頬が笑みを描いている。
 そっと火神の懐に踏み入ろうとする文面も、決して不快ではなかった。そもそも特別隠してもいない事情だし、そんな火神の個人情報に恐る恐る手を伸ばす黒子が、むしろ好ましかった。
 あんな、何考えてるかわかんねーやつって思ってたけど、アイツはアイツでちゃんとオレに手を伸ばしてくれてる。そう思うと、一日目の苦悩はなんだったのかと思うくらい、すいすいと手が動いた。



『よー
そうなんだよな、何書いたらいいかわかんなくて、スゲーなやんだ
だからオマエがいっぱい書いてて、ビビったけど、ベツにヤじゃなかったぜ
オマエ、学校だとあんましゃべんねーし、何考えてんのかわかんねーから、なんかそうやって言われると、むずむずする
ベツにヤじゃねーけどよ
オレもいつも、すぐむなぐらつかんだりして、悪い
オレ、一人暮らしなんだよ
もともとオヤジと帰ってきて住むつもりだったけど、オヤジがあっち残ることになって
だから家のことは自分でやってる
オマエの部屋が汚いって、なんかぜんぜんイメージできねー
料理は食いたいもん作るのが多いかな
やっぱ自分で作ったほうがうまいし安いし
チーズバーガーも好きだけど、あれだけじゃハラいっぱいになんねーし
ふーん、じゃあ今度行こーぜ。オマエが死んでないときに
そのなんとか…tea?味も飲んでみたいし
じゃーな

火神』


 相変わらず愛想の欠片もない文面だ。辛うじて文字の見やすさや句読点には火神なりに気を遣ったものの、黒子の文章と見比べると、やはり見劣りする。おまけに黒子が書いてくれた漢字も読めないありさまで、さすがにこれには自分の日本語能力の無さを呪った。これからは眠い現文の授業もちゃんと受けよう。
 ふう、とため息を吐いてノートを閉じると、一仕事終えたような気になる。
 ノートの外での黒子は、相変わらず何を考えているのかわからない。やたらとつっかかってくるし、何かとおちょくってくるし、ムカつくヤツだ。だけど、部室でノートを渡したときの、ありがとうございます、と少し目を細めた黒子の顔が、どうしてか脳裏から離れなかった。
 あの顔がまた見たい、明日の朝が待ち遠しい、と確かに思った。
 

▼ (13.4.15)