総士があんまりにじいっと見てくるので、おまえもやるか? とボウルを譲ろうとすると、あわてて首を振られてしまった。
 めずらしく電話で連絡してきた家に来た総士が、「僕にも作れるだろうか」と、とつぜん白玉粉を持ち出して聞いてきたのでおどろいた。なんでも、乙姫が立上の家で出された白玉入りのフルーツポンチをえらく気に入って、何度もその話をくりかえすらしい。
 俺だってそんなの作ったことないけれど、袋の裏の作り方はそれほどむずかしくなさそうだった。じゃあ作ってみるか、と台所へふたりで立って、総士は白玉粉や水の量ははりきってきっちりはかってくれたけれど、肝心のこねる段階になると隣に立ったまま様子を見てばかりいる。
「そんなにむずかしくないぞ」
 なかばむりやりボウルをおしつけてやると、おそるおそるといった具合で総士はほとんどできあがりかけている白玉粉をこねはじめた。
「……粘土みたいだな。思っていたよりも固くてしっかりしてる」
「それ、食べ物に使うたとえじゃないだろ……」
 いたってまじめな顔で食べる気がなくなりそうなことを言う総士にちょっとあきれたが、さっきまでのこわばった顔がうそみたいに楽しそうにこねているところを見ていると、まあいいか、とつい笑顔になってしまう。
「こんなに簡単なら、今度は乙姫と一緒に作ってもいいかもな」
 果物は缶詰を使えば包丁もいらないし、あと片付けも簡単だ。そう思ってせっせとボウルにかかりきりな総士に笑いかければ、ふと目元をやさしくゆるめてうなずいた。
「一騎、これくらいだろうか」
「うーんと」
 返されたボウルに手を突っ込んでたしかめる。これくらいだろうかと言われても、俺だってはじめてだから、さわってみてもよくわからない。たしか袋には、耳たぶくらいのやわらかさにこねる、と書いてあった。
 耳たぶくらい。えーと。
「……かずき」
 すぐとなりにある、亜麻色の髪から覗くしろい耳に、つい手が伸びた。
 総士は伸ばされた手に一瞬目をひらいて、だけど避けるわけでもなく、おとなしく、仕方なさそうな顔で、まぶたをおろした。そのままふにふにもんでいると、くすぐったいのか、耐えきれない様子でふふふと笑っている。
 めずらしく見せてくれたこどもみたいな笑顔に、俺もついふやふやとほおがゆるんだ。白玉みたいになめらかで白い総士のほおは、うっすら赤く上気していた。


「それで、これくらいでいいのか?」
「あっ。総士もう一回さわらせてくれ」
「……お前な」


*


「かずきまだあ?」
 木の踏み台に乗って手元を覗き込み、待ちかねた総士がじたじたとあしぶみをする。
「こら、そこでとんとんしない。……ん、ほら」
 なにかと手伝いをしたがるようになった総士に父さんが作った踏み台はそこそこ頑丈で、さして高さもないが、一度足をすべらせた総士が落ちてたんこぶを作り大泣きしたことがある。
 水をなじませた白玉粉をある程度まとめてべたべたしなくなってから、ボウルを総士のほうへ差し出してやった。はやく自分でやりたくてたまらなかったのだろう。流しで手についた粉を落としているあいだに、総士はさっそくボウルに手をつっこんで一生懸命にこねている。
「どれくらいまで?」
「まとまればいいよ」
「ぼくがするからね!」
「はいはい」
 最近、総士はなんでもかんでも「ぼくがする!」だ。ちょっと前まで、パジャマのボタンを留めるのも靴を履くのも「かずきやって!」で、買い物の帰りにはいつだって「かずきだっこ!」だったのに。いまではそうめんにネギをのせてやろうとしても「ぼくがする!」、買い物帰りには買い物袋をひっぱって「ぼくがもつ!」だ。父さんが「お前にもこういう時期があった」となつかしそうに言うから、子どもが成長するってこういうことか、と理解はしているけれど、本音を言うとすこしさびしい。
「もういい?」
 両手に白い粉をぺたぺたくっつかせた総士がじっと見上げてくる。さてはこいつ、ちょっと飽きてきたな。
「うーんまだ固いかな……耳たぶくらい」
「みみたぶ」
「うん」
 伸びてきた亜麻色のやわらかい髪から覗く、ちいさなみみたぶをふにっといたずらにさわってやる。ひゃーっとおおげさな悲鳴をあげた総士が、子犬みたいにぷるぷる頭を振って逃げるのがおかしい。そろそろ髪を切ってやらないと。
「総士の耳はちっちゃいなー。白玉みたいだ」
「もーっ」
 それこそ白玉みたいに白くてやわらかいほおをふくらませて、総士がしかえしとばかりに手を伸ばしてくる。
「わっ! くすぐった……総士おまえ粉ついたままさわっただろ!」
 きゃあきゃあよろこぶ子どものふかふかしたおなかをくすぐって、わーわー言いながら団子を丸めた。
 もうすぐ父さんも帰ってくる。総士が作ってくれた白玉団子を茹でて氷水で冷やして、果物の缶詰とあえて、今日のおやつはフルーツポンチだ。

▼ (2019.8.25)