目が覚めて、最初にみつけた色に、ふにゃふにゃとほおがゆるんだ。
 まだ日は昇ったばかりらしい。てきとうに引いたカーテンの隙間から、うっすら青みを帯びた清潔な光が細く差し込んでいる。かすかに雀の鳴く声がする。今日はよく晴れそうだ。シーツを干してもいいかもしれない。
 目覚ましが鳴るまえに目を覚ますのは、いつものことだ。だけど今日のそれは、さすがに度が過ぎている気がする。朝の五時四十二分。目覚ましが鳴る一時間以上前に起きてしまったのはひさしぶりだ。
 そしてたぶん、こんなに早くに目が覚めてしまったのは、となりにあるぬくもりが理由だった。
 おなじ布団で、こんなに近くで、総士がおだやかに眠っている。
 朝から夕方まで一日地下の研究室で働いて、週に何度かは父さんと一緒にうちへ帰ってきて、俺が作った夕飯をできたてのあったかいうちに三人で食べて、ゆっくり溜めた風呂につかって、それからふたりで部屋に引っ込んだあとにそこそこほどよい運動まで。
 島に帰ってきた総士は、以前まであんなにワーカーホリック気味だったのがうそみたいに、ものすごく健康的な生活をしている。
 総士が、まるで生きていることをたしかめるみたいに、いままでおざなりにすませていた食事や睡眠を大切にしてくれるのがうれしかった。そしてそれを、ほかでもない俺に預けて、俺のそばで大切にすることを選んでくれたんだと思うと、奇跡みたいで胸がじんとしてたまらなくなる。
 総士は長いまつげを伏せたまましずかに胸を上下させて、ぐっすりと枕に顔を埋めている。昨晩、ちょっと疲れさせてしまったかもしれない。今日はふたりそろった休日だ。一日一緒に過ごせるのがうれしくて、遅くまではしゃいでしまった自覚はある。
 総士を起こさないようにゆっくりうつぶせになって、枕の上で組んだ腕にほおを載せた。きれいな寝顔をじっくり堪能する。このまま何時間でも眺めていられそうだ。
 喉仏の浮いた首筋からさらさら落ちる総士の髪を、早朝の光が照らしている。日に照らされた枕の上にちらばった、色の薄いやわらかい髪がきらきらと光を透かして、すごくきれいだ。なめらかなほおや、すっきりとおとなびた顔のラインが日を浴びてまるですきとおるようで、胸がどきどきする。布団からはみ出た裸のままの白い肩がまぶしい。
 いつだって、ぴんと背筋を伸ばしてきりっと引き締まった顔の総士が、こんなにゆるゆると安心しきった表情で、くんにゃりと布団に身体を預けて眠っている。地下の総士の部屋じゃない、いかにも日常の色がこびりついた自分の部屋で、総士が無防備な顔で眠っているのを見るのは、いまだにふしぎな気分だ。
 めずらしいことだからじゃない。いままでに何度だって見たことがある、生活になじんだ光景だ。そうやって、ああ、いつもの総士だって、そう思えるほどたくさん時間を一緒に重ねてこられたことを実感するから。それがとてもうれしくて、わーっとさけびながら島中を走り回れそうな力がむずむずと湧いてくる。何度見ても、何度でも新鮮に見とれてしまう。
 たまらなくなって、まだ早いんだから起こすような真似はかわいそうだとわかっていたけど、つい髪を撫でてしまった。流れる水みたいに心地いいそれに一度ふれると、とうとうがまんができなくなってもう一度、もう一度と何度も細い髪を梳いてしまう。
 ほおにかかる髪を後ろへ流すように形のいい頭を撫でていると、まぶたを閉じたまま、くちびるをむぐむぐとさせながら総士が胸元へすりよってきた。こすりつけられる額がくすぐったくてつい笑い声が漏れる。
「……ん…」
「ごめん、起こしたか?」
 笑いをこらえた息が顔に当たったのか、総士が大きく深呼吸をして、うっすらと目を開けた。
「…かずき……?」
 ほとんど開いていないまぶたを、ゆっくりとまぶしそうにぱちぱちさせている。寝起きだからか、あるいは昨日使いすぎたからか、低くかすれた声が俺の名前を呼んだ。いつもならはきはきと喋る総士が、こんなふうに無防備に舌たらずに子どもみたいになって、愛しくてたまらなくなる。
 額から目元にさらりと落ちた前髪をかき分けてやる。いまにも二度寝に入りそうな総士は気持ちよさそうにほおをゆるめながら、それでもなんとか落ちてくるまぶたに抗おうとしているようだ。
「いいよ、まだ寝てな」
 何度か髪を梳くと、総士は心から安心したようにやわらかくほほえんで、まぶしそうに目を細めて俺の顔をじっと見た。
 心のいちばんやわらかくて、あたたかくて、大事なところを、俺だけにそうっと見せてくれるような顔。
 深く息をついた総士が布団にもぐりこんで、また額をむきだしの俺の胸に埋める。あたたかい両手が背中にまわって、おさない子どもみたいにぎゅっと抱きしめられた。このまま何時間でも起きて総士をみつめていられそうだと思っていたのに、総士の体温に抱かれていると、ぬくもりにうとうととまどろみがよみがえってくる。
 目覚ましをちらりと確認すると、六時の十五分。思っていたよりも長いこと総士を眺めていたみたいだ。だけど、目覚ましが鳴るまであと一時間近くある。それに、今日はゆっくり寝坊したってかまわない日だ。
 起きたら、総士の好きなほんのり甘いたまごやきを作ろう。のんびり出汁を取ってみそ汁も作って、昨日の残りの筑前煮と、小松菜のおひたしも冷蔵庫にある。それで、ふたりで、一緒に朝飯を食べよう。総士。

▼ リプで寄せられた台詞を一コマで描く、で描いていただいたコマを作文にしました お誕生日によせて(2019.4.19)