じつは総士は、キスが好きだ。
 ふたりきりのときにふと目が合うと、だいたいちゅっと仕掛けてくる。子どもみたいに軽くちゅっとするのも、やわらかいくちびるの表面をふにふにするのも、ゆっくり口の中を探って舌を吸い合うのも、盛り上がってきてちょっといじわるに上あごをなぞったり舌先を噛んだり、するのもされるのも、好きだ。俺だって総士とするキスはいくらでもほしいから、お互いなんにもなくてそこまでせっぱつまってないときには、ほっとくといつまでもキスばかり続けてしまう。ちなみになかなか会えなかったりしてせっぱつまってるときは、……総士が怒るからやめとく。
 今日も、剣司から最近忙しくてあいつまともに食べてないぞって聞いたから仕事終わりの総士の部屋に押しかけたのに、持参した出前もほったらかしてソファに並んで座って、もうずいぶん長いことキスばかりくり返している。
 止まらなくなると困るから、と総士も思ったのか、はじめはふれあうだけのキスでがまんしていたのに、気がつけば夢中であったかい粘膜をなめあって、お互いの好きなところを競うみたいにつっついている。総士はちょっとはしたないくらいの音を立ててきつめに舌を吸われるのがすきだからたくさんサービスしてやったら、負けじと仕返しみたいに俺の苦手な舌の裏をしつこくねぶってくる。うまいものを食べたときみたいにたくさん唾液が出て、ふうふう漏れるふたりぶんの息と、きつく抱きしめあった衣ずれの音と、ねばついたやらしい音が総士の部屋に響いて、頭の芯が熱くなる。
 出前、せっかく持ってきたのに、冷めるかな。気にはするけど、ぴったりくっついたくちびるが心地よくて、なかなか離れる気になれない。いつまでもこうしていたい。不精してかさついたくちびるが、じっくりキスをつづけるうちにふたりの唾液でふやけてくるのが好きだ。やば、ちょっとたってきたかも。
 気持ちよくていつの間にか閉じていたまぶたをそっと開ければ、気配に気づいた総士も、きれいな目をうっすら覗かせる。緩慢にまばたきするたびに上下する長いまつ毛がくすぐったい。総士の明け方の空みたいなすきとおった目が、涙でうっすらとうるんで、とろんとゆるんでくるのがたまらなくかわいい。
 もういちど目を閉じてキスに集中しようとしたとき、総士の腹が、くう、と小さく鳴った。
 ちゅるっと舌を抜いて、思わずふたりでちょっと笑う。そうだよな、最近まともに食べてなかったんだもんな。俺も今日は店が忙しくてまともな休憩がなかったから、口にしたのは総士用の出前を仕込むときにした味見くらいで、いまさら思い出したように腹が減ってくる。
 ああ、でも。空腹も忘れてたっぷり味わった総士の口の中を思い出す。
「……コーヒーあじ」
 まだふにふにと表面をふれあわせたままついささやくと、手をかけていた首すじが、かあ、とあつくなった。とろっとほどけてかわいい顔をしていた総士が、むっと眉を寄せて下唇にがぶがぶ噛みついてくる。
「いてて」
 なにが気に入らなかったのか、からだを離してつんとそっぽを向いた耳はうっすら赤い。
 気を取り直したように咳ばらいをして、出前用の弁当箱を取り上げた総士が首をかしげる。
「ナポリタン、入ってるのか」
「ああ、付け合わせの分が余ったから詰めてきたけど……よくわかったな」
「おまえはケチャップのあじだ」
 さんざん吸われたからか、いつもよりちょっと舌足らずなおさない口調が呟いて、赤く濡れた舌がぺろっとくちびるをなめた。
 なるほど。総士ががぶがぶ噛みついてきたわけを、なんとなく悟る。
 これは、ちょっと、はずかしい。

▼ (2018.10.2)