百回キスしないと出られない部屋に、総士とふたりで閉じ込められた。ちょっと何を言っているのかわからないと思うけど安心してほしい。俺もよくわからない。
 ひとしきりドアをこじ開けようとしたり窓を割ろうとしたりしてみたが、どうもびくともしない。総士はあやしい指示を書いたメモを悪し様にののしってから、やっきになってなんとかここから出る方法を見つけようとしていたが、体感で数時間経ってなんの効果も得られないとわかると、「いつまでもここから出られないのは困るからとりあえず百回キスしてみよう」という俺の提案に、とうとう額に手を当てながらこくんと頷いた。わけのわからない状況に頭をフル回転させて理解が追いつかなくて、気疲れからかちょっとぐったりしているようだ。
 あんなメモがあったからには、どこから誰に見られているかわからない、と総士が訴えるので、大きいベッドにふたりして座り、頭から布団を被って誰にも見られないようにすることにした。べつに総士とのキスを見られたってなんとも思わないけど、たしかに俺しか知らない総士のかわいい顔がどこかの誰かに見られるのは、いい気分じゃない。ちょっと暑くて息が苦しいけど、がまんできるくらいだ。
「……ん、」
「ん、……んぅ」
 一回、二回。総士のくちびるは、あいかわらずふにゃふにゃにやわらかい。いつまでもじっくり味わいそうになる俺に、回数をこなさなければいけないんだろう、と心底ふきげんそうな総士がつぶやいた。
 はじめてキスしたとき、はんぺんみたいだと言ったら総士にほおをつねられたことを思い出す。あのときはすごく緊張して、てのひらにたくさん汗をかいて、ふたりして顔を真っ赤にしながらキスをした。今はどこかわからないところで、だれかにキスを強要されて、ふたりで布団に隠れて重ねるだけのキスをくり返している。異常な状態に、ごくっと喉がなる。
 三十八回。妙に気恥ずかしくて、目をつぶってしまったらへんな雰囲気になる気がした。だからなんとなくお互い目を開いたままだったのに、何度も何度もやわらかい総士のくちびるにふれていると、状況も忘れてどうしても気持ちよくなってきて、とろっと下がってしまうまぶたを抑えられない。総士もきもちよさそうな顔をしている。眠気をこらえるようなうっとりした顔で、砂糖細工みたいなまつげに涙がしっとりにじんでいて、思わず見とれる。
 子どもみたいなキスをテンポよくたくさんくり返していたはずなのに、そのうちに一回一回が長くなって、もどかしくお互いのくちびるを食むようにしてしまう。「回数をこなさなければ」なんて言っていたくせに、とうとう総士がそっとくちびるをひらいた。ぬれた粘膜にふれて、俺だってちゅうちゅう吸いつきたいのを一生懸命がまんしていたのに、そんなふうに誘われたら、もう台無しになってしまう。
「そ、……し」
「か、……ぅん…」
 五十一回目。うすく開いた隙間からもぐりこませた舌を、やわらかくぬれた咥内が受け止めた。たくさんふれるだけのキスに焦らされたからか、総士の口の中がいつもよりあつい。五十回も延々とふにふにだけでがまんさせられて、やっと与えられたいつもの総士の味に、俺ももうすぐにでも涎を垂らしそうになっている。
「んーっ、」
 敏感な上顎をくすぐるようにちろちろ舐められて、のどの奥がひくひくふるえる。くせになりそうな気持ちよさがじーんと頭のてっぺんから腰までを走り抜けて、じゅわっと唾液が染み出す。泣きそうな声ががまんできない。総士の背中にぎゅっとしがみつく。仕返しに、差し込まれた総士の舌をたくさん吸ってじゅるじゅる音を立ててやると、指でなぞる背筋がぴくぴくふるえて、ふ、ふ、と荒いきもちよさそうな鼻息がかかった。
 七十七回。これ、ほんとうにあってるんだろうか。息がくるしくなってくちびるを離す一瞬を一回と数えているから、もうほとんど回数が増えていかない。なんのためにこんなことしているのか、快感で白みはじめた頭ではだんだんわからなくなってくる。
「は、ぅ……かずき」
 頭に酸素が回らなくなってきたのか、くたりと力をなくしてもたれかかる総士を抱えて、くちびるを合わせたままゆっくりと後ろに倒れる。胸からつま先までぴたりと密着したあつい身体の重みがきもちいい。
 ベッドの上にいてちょうどよかった。なぜか頭まですっぽり布団を被っているから、ただでさえ身体が火照るのに、もう汗だくだ。あわせた身体をもじもじとお互い動かしているうちに服がめくれて、汗にぬれた肌がしっとり重なる。どきどきと、どちらのものかわからない、いつもよりずいぶん早い心臓の音がする。
 八十六回。それとももしかしたら、八十四、いや、違ったっけ。そもそもなんでこんな回数なんか数えてたんだっけ。服の下にもぐりこんだ総士の汗ばむてのひらがわき腹を撫でて、びくっと腰が揺れる。俺の手は自分でも気がつかないあいだに総士の尻を撫でまわしていたから、ぴたりと密着してこすれあった腰に、ああ、と甘えた声が直接口の中に吹き込まれる。あのときにしか聴けないような総士の声に、頭が真っ白になった。
 どこか遠くで小さく鍵が開いた音がしたが、そのころにはもう、そんなことはどうだってよくなっていた。

▼ 「100回キスしないと出られない部屋に閉じ込められる。38回目でそんな雰囲気になってきて、51回目で舌を絡める。77回目にはくらくらしてきて二人で倒れ込む。86回目で我慢できなくなりました。」今日の二人はなにしてる?メーカーさんより(2018.10.7)