かみさまにあいさつをするんだよ、と教えてくれたのは、総士だった。
 町を登ったうんと高いところにある島にたったひとつだけの神社は、一騎らこどもたちにとって格好の遊び場だった。ひとびとの住む家々を一望でき、山のあいまに島のみずみずしい海と空がいっぺんに目に入る。
 冬はそれなりに冷え込んだが親切な神主があたたかいお茶を出してくれることもあったし、なにより夏は背の高い木々に囲まれ木陰になって涼しく、吹きぬける風と蝉の声がたまらなく心地がよかった。よく境内で皆と待ち合わせては、衛が持ってきた漫画を回し読んだり、虫を採って集めたり、木に登ったりと好きずきに遊んだものだ。
 あの場所で、総士の目を傷つけてからは――町のどこからも見上げられる場所にあるここを、一騎はなるべく目に入れないようにして、口をつぐみ、背を向けて暮らしてきた。祭りのときでさえ、皆の誘いをなにかと理由をつけては断り、逃げつづけた場所だった。
 長い長い階段を登り、しっかりとその土を両脚で踏んで立てるようになったのは、外の世界を知り、総士とすこしずつ言葉を交わすようになってからだ。
「かずきはやく! てっぺんまできょうそうだよ!」
 疲れを知らない幼いからだが石段を駆けあがる。海神島の生活基盤が整うとほぼ時を同じくして、エスペラントたちの祈りの場やここ――鈴村神社も再建がなされた。自分たちがまだ幼かったころと違わず、まさに全身ではしゃぎたくてたまらない年ごろの総士にとっても、ここはお気に入りの散歩先兼遊び場だ。
 息せき切って走る子どものうしろを、転ばないように気をつけながらついてゆく。同じ年に生まれた子どもたちよりもいくぶんか――いや、かなりからだと情緒の発達が早い総士は、まだこうしてともに走りまわれる友だちも少なく、主な遊び相手といえば一騎とその友人たちばかりだ。
 石段のてっぺんまで上がりきり、ふうふうと息を切らしながらも汗だくになって笑う総士の額をタオルで拭ってやる。きょうも帰ったらすぐに風呂場へ直行だな。
「総士、お参りしようか」
 手をつないで本坪に歩みよる。ぼくがする、ぼくがする、とまとわりつく総士を抱きあげて、鈴緒に手をかけさせてやった。ぱっと笑った顔が、いっしょうけんめいな真剣なまなざしでちいさな手に余る縄を一心に揺らす。鈴の音がじゃらじゃらと鳴った。
 いまの総士と同じもみじのような手で、いっしょうけんめいに一騎に教えてくれたきまじめな声を思い出す。
 ――こうして手を叩いて、かみさまに合図するんだ。それで心の中で名前を言って、あいさつをするんだよ。
 まだ幼かったころ、参拝の仕方を一騎に教えてくれたのは、総士だった。
 ――かみさまは、いつも見ていてくれるから。この島を守ってくれてありがとうって言えば、きっと伝わるんだ。
 神という目には見えない存在を、その概念を、そのままにあの総士が信じていたとは思わない。そういうかたちのないものを、芯として縋るような男ではなかった。
 そうではなくて。こころに描くだけで、見ていてくれると思うだけで、強くなれる。胸をはれる自分でありたいと願える。その祈りに報いたいと思う。
 そんな存在のことを、きっと総士は「かみさま」と呼んだのだろう。
 彼にとってのかみさまは、きっと、かたちのない目に見えない存在などではなかった。真実この世界に生まれていたのだ。――たったひとりの、誰よりも大切なあの子だったのだ。
 一騎は。
 はたして、どうだっただろうか。総士が教えてくれた「かみさま」というあやふやなその存在を、一度でも信じたことがあっただろうか。
 汗を光らせながら、境内を走り回ってはなにが楽しいのかきゃらきゃらと笑う、まぶしいこどもの声を聞きつけてか、神主の真幸がつっかけのまま社務所から顔を出した。水筒は持参しているが、よければ冷たい麦茶でも飲んでいきなさい、との言葉にあまえることにした。
 総士は愛されている。聡明なこどもは大切に、寛容に、島の大人たちに育てられている。直接の保護者は一騎ということにはなっているが、けしてひとりでは彼を育てることは叶わなかっただろう。
 幼い子どもは、また背が伸びた。ついこのあいだ新しく買った洋服だって、譲ってもらっただれかのおさがりのちいさなちいさな靴だって、あっという間に入らなくなってしまう。総士の人生は、まだはじまったばかりだ。そしてこれからも続いてゆく。続いてゆくために、自分がこの子どもをなにに代えても守るのだと、そう決めている。
 叶うならば、この子がいつまでも、すこやかであるように。そうしていつかは一騎のことも、追い抜かしてくれればいい。
 いつかは。
 この世でたったひとつの傷をたたえた、明け方の空を映したようなすきとおる目。まぶたを閉じていても、いつだって鮮明に思い描ける。
 そうだ、いつか総士のことを、かみさまみたいなものだと言って困らせたことがあった。似たようなものかなと言ってはみたものの、あのとき、一度も信じたことなどない神になぞらえることすらどこかおさまりが悪く感じていた。
 かみさまにほとんど似たようなものではあるけれど。物語のなかにしかいないかみさまよりも。総士は、もっと鮮明で、鮮烈で、まぶしくて。たしかな質感をもって、ここにいる。もはや思い出さずとも、ひとつの実感をもって。彼の存在はずっとここにある。一騎のこころにいきづいている。
 いつだって総士は、ここにいる。
 ――かみさまよりもいとしくて、近くて、かえがたい。おまえのことをいったいなんと呼べばいいだろうともういちどからかったなら。
 またあの低くやわらいだ、あきれた声で笑ってくれるだろうか。

▼ 文字書きワードパレットより「神様」「明け方」「走る」(2020.4.12)