総士は一日に四回はみがきをする。
 朝起きてから。朝食後。昼食後。夕食後。昔はこれが一日に三回だったり、二回だったり、ひどいときには一回だったりした。というのも、朝起きて歯をみがいたあと、一日食事を摂らない日もざらにあったので。いまでは三食俺が作ることが多いから、総士のはみがきはよっぽどのことがないかぎり、一日に四回だ。
 お行儀のいい総士は口を大きく開けるのがへたくそなので(だからスイカもスプーンで食べるし、ハンバーガーを食べるのもへただ)、総士のはぶらしはヘッドが小さい紫色の「やわらかめ」だ。ちなみに俺は青色の「ふつう」。父さんは緑色の「かため」。
 ずっと俺と父さんの二本だったはぶらしが三本並んでいるところを見るのは、好きだ。気持ちが明るくなる。総士が毎朝きちんと朝飯を食べる前に、まだ寝ぼけた目をこすりながらはみがきしているところを見るのは、もっと好きだ。胸のところがむずむずして、無性に走りだしたくなる。だけどじつはちょっと前まで、総士がはみがきをしているところを見るのは、あんまりいい気持がしなかった。
 はみがきをしている間、どんなにじゃれついても総士は口をもぐもぐさせながらちらっとこっちを見るばかりで、ぜんぜん俺にはかまってくれない。おまけに、総士の寝顔をじっとながめながら目覚めを待って、そのきれいな目がやっと俺を見てくれたときには、いつだってすぐにでもじっくりおはようのキスがしたいのに、総士はおはようのキスをじっくりさせてくれたことがない。
「起き抜けの口腔内には大量の雑菌が繁殖しているんだ。だから駄目だ」
 とは、さっぱり顔を洗ってめがねを装着して、いつものいい男に身支度をととのえた総士の談だ。
 ちょっとよだれの垂れている総士のねぼけたかわいいくちびるにちゅっとしただけで、寝起きの悪いはずの総士はしゃきっと起きて、すぐにはみがきに行ってしまう。だから俺は、総士がはみがきをしているところを見るのは、あんまり好きじゃなかった。
 毎朝、朝食前のはみがきのあとに総士が律義に報告してくれる、
「一騎、歯をみがいた」
 の意味を理解するまでは。

▼ ちょっと油断するとごくあたりまえのように総士が真壁家に同居する(2018.8.1)