「涼宮さんはかわいらしい方ですね」
 俺が疑問の意味を込めたまなざしでみつめると、古泉ははっきりとした苦笑を見せて、まだ始まったばかりのまばらにしか石が置かれていない盤に白石を置いた。黒石をひとつ白く染めながら「そうは思いませんか?」と俺に同意を求める。
「それが朝比奈さんならためらいなく頷けるんだがな」
 白くなった己の石を再び黒石へと変えてそっけなく否定を滲ませると、いつもと変わらないオーバーな動作で肩を竦める。なんとなくその笑顔が動作に似合わず傷ついているように感じたから、すこしだけかわいそうになって俺はまあわからんこともない、と呟いた。
「あいつは黙ってさえいればえらい美人だからな」
「それもそうですが、外見の話だけではなく」
 古泉の言いたいことは解っているさ。そりゃあ俺だって、たとえ素直じゃなくてもいったん暴走し始めると手がつけられないとしても、果ては無意識に周囲の人間に大変な迷惑を振りまいているのだとしても、好意を向けられて嫌なわけじゃない。それどころかそんなハルヒをかわいい奴だと思うこともままある。我ながらなんてとち狂った話だ。
「わかっていらっしゃるのなら、」
「早くハルヒとくっつけと言うんだろう。何度言ったら解る、俺はあいつをそういう対象として見たことはない」
 あくまでも俺がハルヒに抱いているのは友情の延長線上にあるもので、もしかしたらそれは家族に対する感情なのかもしれないが、それでも恋愛感情ではないことだけは確かなのだ。
「俺はハルヒが好きだ。だけど朝比奈さんも長門も好きなんだ。わかるだろう」
 その話は何度かしたことがある。だからこれ以上何を言っても無駄だと悟ったのか、古泉は苦笑したまま溜息を吐いてやれやれと首を振った。こら、それは俺の専売特許だろう。
「あなたはずるい人ですね」
「ずるかろうが何だろうが好きなんだから仕方がない」
 どうでもいいがさっきから好きだ好きだと連呼しすぎていい加減自分で自分が恥ずかしくなってきたぞ。

「涼宮さんが大切ですか」
 それで話は終わったと思っていたのだが、ゲームも後半に差しかかり、ほぼ黒く染まった盤を覗き込んだ俺に古泉はぽつりと話しかけた。べつに話しかけたつもりはなかったのかもしれない。俺はそれを問いかけだと判断したから返事をした、それだけだ。
「そうだな、ああ大切だよ。もちろん、」
「朝比奈さんと長門さんも、ですね」
 わかっているなら何でそんなことを訊く。
 怪訝に思って顔を上げた俺からためらうように視線を外して、窓の外を見ながら、けれどやはり耐え切れなくなったのかうつむいて、よく耳をすまさなければ聞き取れないくらいの声で呟いた。
「僕は?」
「………お前、は」
「…すみません、こんな変なこと訊いて、」 「おいしくないからいらない」
 古泉は一瞬傷ついたような苦しそうなそれでいて安心したような、それらのうちのどれともとれない表情をして、その破片をひとかけらも残さずにいつもの笑顔にもどってぱちりと白石を置いた。挟んだ黒石をふたつひっくり返して、けれどいつもの通り勝利とは程遠い場所に置かれたそれをすかさず俺が取り返す。
「かわいくもやさしくもあまくもないから、いらない」
「そうですか」
 にこにこ微笑んだまま古泉は泣いていた。俺が甘いものは得意じゃないことなんて知らずに。
「…でも、甘いものばかりだと辛くなるからな」
 古泉がどんな顔をしているのか見たくなかったから、俺は真っ黒に染まった盤から目を離すことができなかった。