すきなんです、と呟けば彼があいしてくれることを知っていた。知っていてそうしようとしなかった。罪悪感と同情からあいされる自分がかわいそうで自分で自分をもっと傷つけた。
 すきなんだ、と呟くとき、彼はいつもかなしいような申しわけないような心が痛む顔で笑う。そんな顔をさせていることもそんな顔をされることも嫌で、けれど僕が知っていてなにも言おうとしないのと同じに、彼も知っていてやめようとしないのだから仕方がない。

 おそろしいことに、僕と彼が互いに向け合う思いというのは同じ存在であるらしい。けれど核の部分は同じでも、今までの十余年で僕たちがそれぞれ培ってきた経験だとか感情だとか、そういうものに左右される、同じ核の部分を覆い隠してしまうものは正反対であるのだ。
 彼がたとえいくら主張するのだとしても、彼が僕に向けるそれが恋愛感情などと呼ばれるものだなんてぜったいに理解したくなかった。そもそも僕は彼にそんな背筋の寒くなるような感情なんて向けていないのだから、彼が僕にそれを抱いているはずがない。
 おかしな人だな、といつも思う。妙なところで聡いのに、本質的には頭の良い人なのに、そういうところではいとも簡単に自分の心に騙されてしまう。それとも彼自身が理解したいと思っていないのかもしれない。彼の心が覆って根を隠そうとしているそれが、恋愛感情だと勘違いしたままでいたいのかもしれない。
 そうすることで彼にどんな利益が生まれるのかなんて僕にはわからない。わかりたくもないと思う。だから無責任にそんなことはしないでほしい。そんな、僕の心を否定するみたいなことは。

 本当はあなただって知っているのでしょう、と諭しても、彼はそれをけっして受け入れようとはしない。
 恐ろしいのだ。
 自分の感情が人を傷つけているのだと、たしかに誰かの心をえぐっているのだと知りたくないのだ。彼は人一倍周りからの感情に敏感だから、彼自身が誰かに感情を向けるときでさえ人一倍気を使っている。気を使っていても気づけないということが、向けたくなかった感情を向けてしまっていたことが、きっと彼も恐ろしくてたまらないのだ。目を逸らしてしまいたいのだ。
 だからたぶん、僕はそれがゆるせない。彼がひとりで逃げることが、知ろうとしないことが、無知を装ったしろい刃がゆるせない。
 そんなことをしたっていつか訪れる終わりを誤魔化せはしないのに。

(優しくすることは簡単で、きっと僕は、彼もそれを望んでいる。だけど優しくしたからといってどうなるのだろう? なにをしたって、彼女も、世界も、彼と僕の関係でさえ安定しない。
 目先の安穏に囚われちゃ駄目だ。甘えることも、求めることも、駄目だ。だってこれは世界のためじゃなくて、僕が自分で選んだ、僕のための選択肢。強制も脅迫もされていない。どうせすぐに消えるから。すぐに消えて、なくなってしまうだろうから。だからそんな、嘘の表情を信じちゃ、駄目だ。期待なんてしちゃ駄目だ。
 愛してほしいわけじゃない)