「あたしは五組の涼宮ハルヒ! よろしくね!」
初めて会った本物の彼女は想像していたよりもずっと明るくて、きらきらしていて、まぶしかった。数ヶ月前とは比べ物にならないくらい安定した精神も、一度も見たことのなかった笑顔も、以前から知っていたとはいえ所詮それは本人と接触しないで得た情報だ。それらはけっして間違ってはいないものの、だからといって鵜呑みにできるものではないということを耳元で叫ばれたような気がした。
驚いた。ほっとした。嬉しかった。
彼女がこんな顔で笑えるのだと、明るく走り回れるのだと、はじめて知ったようで。彼女が笑ってくれるのは喜ばしいことだ。機関の意向や閉鎖空間の生まれる回数が減るからということだけでなく、僕自身の意思で、感情で、そう思った。こうやって笑う彼女はかわいらしい。可愛くって、きれいで、微笑ましい気持ちになれる。
なれるけれど――それでも僕は悔しかった。羨ましかった。ずるいと思った。
何に? ……そんなの、考えなくたってわかる。僕はあきらかに彼に嫉妬していた。彼女に笑顔を与えた、居場所を与えた彼に。
もしかしたら僕の立場になっていたのは彼だったかもしれないのに。そんな想像は無意味だと知っていても繰り返してしまうのが嫌だった。想像して、たとえそれでもきっと彼女は彼を見つけ出して選ぶんだろう――と、変わらない並行世界を思い描く自分の想像力にも辟易した。
ふと、僕の腕をとって前を行く彼女に意識を取り戻す。いまさらだとわかっていながらも訊かずにはいられなくて、ぐいぐいと僕を引っ張る彼女に尋ねた。
「どこへ行くんですか?」
彼女はやはりきらきらした笑顔で答える。
「ウチの部室よ! まあ今は文芸部の部室を借りてるんだけど…ねえあなた、我がSOS団に入らない?」
「SOS団、…ですか」
「そう、世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒの団、略してSOS団!」
紡ぎだされた名前に、彼女らしい明快なネーミングセンスだと苦笑した。ああ、掴まれた腕が熱い。
彼女が勢いよく扉を開けて、場にそぐわない挨拶をしながら「部室」へと足を踏み入れる。予想に反しないメンバーがそこに居た。朝比奈みくる、長門有希、それから「彼」。驚いた表情の朝比奈みくるに無表情の長門有希のなかで、彼だけがあきれたような顔をしていた。
いつまで僕がここに居られるのかはわからない。卒業まで居続けるのかもしれないし、それまでにまた転校させられるのかもしれない。べつにどちらでも構わないだろう、どうせたいした感慨など抱きはしないのだから。
それでも、そのときにはせめてすこしでも寂しいなどと思えるようになるのだろうか、と、自分勝手で不相応なことを思いながら彼女に促されるままに僕は名前を告げた。
「古泉一樹です。……よろしく」